孤高の画家、田中一村の最後の家。
田中一村終焉の家の特徴
田中一村が最後に住んだ家の静かで朽ちた姿が魅力です。
奄美大島の住宅街にひっそりと佇む、歴史的な邸宅です。
石碑や看板の存在が、一村への深いリスペクトを物語ります。
奄美パーク行く前にきたので、思いが薄かった、車は2台くらい停められそうです。
孤高の画家 田中一村、終焉の家は高床式の様な造りで全ての雨戸が閉じられていて中を見ることは出来ませんねが、その小ささで貧困な生活を送りながら生涯を絵を描くことだけに捧げたことが想像できます。
なかなかのひっそり感です。中も見たかったなぁ。周りには一村の絵に描かれてる植物が生えており、庭先からスケッチしてたのかなぁなどと妄想してました。
田中一村ラベルの黒糖焼酎「一村」を飲み、とても気に入り、記念美術館にも行き、本を購読し、こちらを観に来ました。無料です。駐車場は奥にロープで仕切ったスペースが数台あるようです。建物は中を一切見られないです。ここへは移設しているとの事ですが、周りの雰囲気も良く、しんみり、じんわりできました。(2023.3月)
2023年10月30日に見学しました。移築される前は、国立療養所奄美和光園の近くの畑の中に建っていたそうです。こちらへ移される際に、いたんでいた部分を補修したのだと思いました。ご存知の方が多いと思いますが、亡くなられる間際に引っ越した家なので、住んだ期間は、10日間だそうです。千葉から50歳の時に奄美大島へ移住し、69歳で亡くなりました。お墓は、生家のある栃木市満福寺にあります。大島紬工場の染色工として仕事をし、制作資金が貯まると仕事を辞めて、制作に没頭するといった生活を繰り返していたと云います。生前は、認められませんでしたが、今では、美術の教科書に作品が掲載されています。今回、奄美大島へ来た一番の目的を果たせて、本当に良かったです。
田中一村ラベルの黒糖焼酎「一村」を飲み、とても気に入り、記念美術館にも行き、本を購読し、こちらを観に来ました。無料です。駐車場は奥にロープで仕切ったスペースが数台あるようです。建物は中を一切見られないです。ここへは移設しているとの事ですが、周りの雰囲気も良く、しんみり、じんわりできました。(2023.3月)
昭和52年9月11日、一村が場所をとても気に入って入居したものの、入居してわずか10日、69歳で人知れず息を引き取った家。元は和光園近くの畑の中にあったものを移設保存したもので、現在地にあったものではないそうです。名瀬市街地からは少し離れた場所にあり、奄美空港からバスだと約45分の場所です。
田中一村さんが最後に住んでいたお家が、亡くなってから40年程経ってもまだ建ってるなんてびっくり。サッシの窓を入れたので、毎日絵がかけて嬉しいとおっしゃってらしたという窓がどれかわかった。食べるものも惜しんで絵を描いたという感じがひしひしと伝わってきた。徐々に駆逐して行くので早く見に行った方が良さそう。ちなみに同行者が、近くで作業中の男性に話しかけたら、当時の田中一村さんをご存じだったそう。勇気があれば聞いてみても面白そう。
栃木県出身、東京の芝中学校を中退され生涯を美術に打ち込んだ田中一村さんの最後の住居が奄美大島にあります。それが誰か分からなければ決して注目を浴びることはない古びた木造の民家ですが、彼の人となり、そして作品作りにすべてをかけた人生を知ればその重みを肌で感じ取ることができると思います。南国の樹木や生き物に囲まれて、病弱ながらも創作のためのモチーフに溢れていた暮らしはきっと彼の前向きな気持ちを支え続けていたのではないかと信じてやみません。時代さえ違っていれば大注目を浴びたはずの彼の作品、ぜひ一度触れてみてほしいです。
| 名前 |
田中一村終焉の家 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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すっかり年季の入った小さな家屋です。廃屋のようで実際そうだが淋しげに感じる。行くまで道が狭く、駐車場も何度も切り返しました。