木陰の史跡で過ごすひととき。
馬場之子屋敷跡の特徴
心月妙泉尼之碑の近くに位置し、歴史を感じる場所です。
以前から気になっていた編集数が多い史跡です。
魅力的な場所として多くの人々に愛されています。
不動山地区で1607〜1650年ころまでキリシタンが盛んであったと思われます。この頃子供達の家という意味でここに馬場之子屋敷があったものだと云われています。また迫害を避けて逃げる切支丹が子捨谷で捨てた子供達を焼いた所だとも云われています。ただここでは、明治の中期頃まで旧暦11月25日に村人が集まり祝宴をひらいていました。その時石碑(もいし塚)にお神酒と三角握飯をお供えしました。もいしはポルトガル語のモコス(こども)がなまったものだと思われます。また旧暦11月25日はクリスマスにあたる日だとおもわれます。
以前から気になってましたが、初めて寄ってみました。
心月妙泉尼之碑から少し先にある馬場之子屋敷跡。子屋敷という名称は「子供達の家」と云う意味。
| 名前 |
馬場之子屋敷跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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木陰の下にある史跡で、とても雰囲気のある場所でしたので予定外に立ち寄りました。子屋敷の意味は「子供等の家」らしく、子供たちが暮らしていたのかとも思われますが、一方、子捨谷で棄てられた子供達をここで焼いた所だとも伝えられているらしく、解説板を読んでもはっきりとは分かりません(写真参照下さい)。