本物の包丁と心、一期一会の出会い。
鍛冶屋 中屋平治刃物店(水戸市本町)の特徴
本物志向のプロ向け品揃えが魅力です。
刃物の知識が豊富で質問しやすい店主です。
大切にしたい素敵な牛刀を自分だけのために作成可能です。
亡き父の形見のナタを何処かの現場で紛失し途方に暮れていた所 桜川市の造園屋さんからの紹介で伺いました 色々と話し最終的に形見に近しいナタに出逢えました 一期一会では有りませんが出逢えた事に感謝しました 現在作製中です ナタ用の鞘は別な処で作製中です(日本で最古の職人さんが舐めした鮫皮)亡き父の鞘も牛革を舐めした鞘でした 完成を楽しみにしております。
ザ職人のお店という感じですが、店主は物腰柔らかく話しやすいです。包丁はホームセンターの値段ではありませんが、ビックリするほど切れます。
「伝統を打刃物」の暖簾が格好いい❗2021年12月6日(月)に水戸市の街歩きで見かけた。ホームページには以下のように紹介されている。中屋平治は嘉永元年(1848年)創業の刃物鍛冶です。古来よりの伝統製法で一から手作りにて刃物を製作しております。●中屋平治ってどんなお店だろう?中屋平治は、水戸市にある創業嘉永元年の鋸鍛冶です。初代武石平治は、福島県の白河より鋸鍛冶として水戸へ来ました。鋸屋として、屋号、「中屋平治春弘」として嘉永元年(1848年)創業しました。二代目は、武石辰次郎が跡を継ぐ、水戸にはまだ鋸屋が少なかったのと、玉鋼だけで 作っていたため数が出来ず大変だったとの話。三代目は、武石八三郎(後に辰次郎を襲名)が幼少の頃、二代目に弟子入り、16才の時、宇都宮の、中屋作次郎の所に弟子入りし19才の時に水戸に帰ります。昭和の30年代まで茨城県の鋸組合の理事長として活躍。大正3年まで玉鋼、黄紙東郷そして安来鋼と名品を沢山作りました。四代目は、武石喜八、12才の時学校へ行きながら三代目に弟子入り、大正末より昭和、平成初めまで仕事に従事、黄紙東郷はもちろん安来鋼など切れ味の中屋平治として、戦前は東京はもちろん遠くは台湾まで発送しました。五代目(現在)、武石好文、 昭和42年に四代目に弟子入り、(46年まで3代目にも習う) 師の基で鋸造りに励む。昭和の終わり頃、替え刃式の鋸が出現により手作り鋸が急速に衰退、新潟の碓氷健吾さんの門をたたき、刃物造りを教えてもらい、まもなく碓氷さんより岩崎重義さんを紹介いただき地金や、鋼、裏の作り方について学び、師として仰ぐ。新潟県三条市の、包丁組合に入会、現在に至ります。六代目(現在)、武石 治、平成15年1月より5代目に弟子入り。刃物作りを始めます。同年2月より新潟三条市の吉金刃物製作所に弟子入りし現在に至ります。
選ぶ種類は少なくとも本物、プロ向けこんな店珍しいです‼️
刃物の知識がとても豊富で、研ぎ方など質問に対して丁寧に回答していただきました。この店で作られた刃物がとても美しく、一目惚れしたペティナイフを購入しました。
初めて訪れました。最初は敷居が高く半端者を寄せ付けない雰囲気がありしたが、お店の方は丁寧に見本を見せながら説明してくれました。ベーシックの包丁を購入させていただきました。人参の皮剥きも滑らか薄々に剥けましたし、新玉のスライスもめちゃくちゃ薄く切れるので気持ちが良いし、料理もとても繊細に作れそうな気がしました。本当は魚は捌くのに買ったのですが、まだ、勿体無くて魚は切ってません。次は包丁研ぎに行く時かも知れませんが、その節はよろしくお願い申し上げます。
包丁だけでなく、斧も磨いで貰いました。鋭い切れ味になり満足です。
店のご主人は若い方でしたが丁寧な応対をして頂きました。包丁と剪定鋏を研いでもらいました。刃物はやはり専門店の方がいいと思いました。
素敵な牛刀、大切にします。
| 名前 |
鍛冶屋 中屋平治刃物店(水戸市本町) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
029-221-5647 |
| 営業時間 |
[土日] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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こちらで購入した包丁を使っています。切れ味が最高‼️トマト🍅やきゅうり🥒を切るのが楽しいです。