日露戦争の機雷に驚き!
日本帝国海軍機雷の特徴
日露戦争で使用された機雷が展示されている史跡です。
鷹見神社に寄りながら機雷を見学できる便利な場所です。
大きな機雷に驚くことができ、歴史を感じられます。
詳しくは他の方の投稿に書いてありますが、日露戦争で使われる予定だった機雷だそうです。この近くにはB29に体当たりし2機を撃墜した「体当たり勇士の碑」も在りますので、あわせてお参りください。
凄く大きくて驚いた!
思っていたより大きく神社を参拝した時に拝見しました。
鷹見神社の境内の本殿向かって右側に鎮座している。写真では分かりにくいが直径1mぐらいあり(結構大きい)、「実物」の貫禄がある。リベットが武骨に並ぶ様は古い時代の兵器であることを伺わせる。日露戦争に使用もしくは使用される予定だったものだという。日露戦争の旅順口攻撃では機雷戦が行われ(この頃魚雷が実戦投入されているがまだ機雷の全盛期だった)、日本側の敷設数の詳細はわからないが、ロシア海軍第一太平洋艦隊の旗艦「ペトロパヴロフスク」を撃沈させ、司令官マカロフ提督が戦死している。(一説には秋山真之が過去の出撃パターンから航路を予測したとされる)最終的にロシア艦艇計6隻を機雷で沈めている。一方ロシア側は6000発の機雷を敷設し、日本の戦艦「八島」「初瀬」など計10隻が沈められた。(参考:wikipedia)歴史の生き証人としての文化財的価値がある。
『 付設 機雷の由来この機雷は、日露戦争(1904年~1905年)で使用された日本帝国海軍の機雷である。この機雷を、この鷹見神社に奉納された方は、出光万兵衛 海軍中将東筑中学校(現東筑高等学校)・第2回卒業生(侍従武官長、海軍兵学校校長を歴任)吉野縫之助 陸軍中将東筑中学校(現東筑高等学校)・第2回卒業生この二人の軍人から、「日本の国家安泰と神のご加護」をこめて寄贈、奉納されたものである。第二次大戦中には、鉄金属の軍への供出要請の折に、この品は、軍から寄贈されたものであり、供出をまぬがれた経緯を経て今日に残る貴重な品である。「先代 鷹見神社 波多野智 宮司談」この貴重な遺産を永久に保存して、後世に伝えてほしいものです。』
| 名前 |
日本帝国海軍機雷 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒807-0833 福岡県北九州市八幡西区南鷹見町10−56 鷹見神社 |
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何だろうと思い、、、、歴史には疎いので機雷より神社に興味せまーい道を上ると鷹見神社の駐車場参拝と機雷を拝みに使わせていただきました。