白梅学徒隊の静謐な慰霊。
白梅之塔の特徴
沖縄戦の歴史を知るための貴重な場所です。
白梅学徒隊の慰霊碑が静かに佇んでいます。
青山繁晴議員のおすすめスポットでもあります。
沖縄戦において日本軍が教職員や学生を後方支援に動員した学徒隊の一隊で、看護隊として傷病兵の看護に従事し、亡くなった白梅学徒隊の慰霊塔。ひめゆり学徒隊と同様、戦闘に巻き込まれ若い命を散らしたと思うと感傷的になってしまう。
ひめゆりの塔に比べてこちらを訪れる人は物凄く少ないです。是非ともこちらにも訪れて欲しいです。
青山繫晴氏のYouTube発信にて存在を知りました。私のようなものが意見を述べるのはおこがましいですが、沖縄観光される方はぜひこちらにも訪れていただきたいです。
ひめゆりの塔に行く前によりましたが、正解でした。少ない説明資料をしっかり読み、追悼したうえでひめゆりの塔に行くのが良いと思います。当時の彼ら、彼女らの困惑しながら、対応している様子を想像しながら、各説明書きを読み、反芻するのが良いともいます。
あまりにも悲しく寂しい場所だこの場所にもたくさんの学徒の方が眠ってらっしゃる。皆様なるべく祈りを捧げにきて欲しいです。
80年前沖縄は戦場だった沖縄県立第二高等女学校の生徒たちによって編成された「白梅学徒隊」は、看護師補助として八重瀬岳にあった病院壕で6月初旬まで働いていました。米軍が迫る中、解散命令が出たことで白梅学徒は、グループに分かれてその壕を出たが、何人もの生徒がここにやって来たよう。しかし、真栄里の壕での戦闘が激しくなり、自決者も含めて多くの犠牲者が出た。「白梅の塔」は、「ひめゆりの塔」と同様に、沖縄戦での女子学徒隊の悲劇と平和の尊さを伝える重要な場所。
ひめゆりの塔近くに所在。他にも戦争で命を落とされた生徒や教員の方の慰霊碑がたくさん建立されている。どの場所も亡くなられた方のお名前が残されていることと、綺麗に整備清掃が行われていることが唯一の救い。
ひめゆり学徒隊のことは以前から知っておりましたが、白梅学徒隊のことは最近知るようになりました。亡くなった祖母は場所は違えどあの終戦時のソ連の侵攻を受けた樺太真岡にある真岡高等女学校出身です。幸い、祖母自身は大した被害もなかったそうです。あらためて沖縄戦で亡くなられた全ての方々に対し、御霊安らかなれと静かにお祈りさせていただきました。
私が子供の頃は、学徒隊と聞くと大人だと思ってました。しかし、大人になってからは、彼女たちがまだ高校生であり子どもだったんだという現実を自覚し悲しくなりました。彼女たちは当時としては高校に通えるほど裕福だったでしょう。きっと、おしゃれ、恋愛、友達との交友に花を咲かせたい時期だったのは今の高校生と変わらなかったでしょう。なのに、戦場へ駆り出され地獄を見て命をかけ働いたのにも関わらず突然の解散命令のあと、どう思ったのだろうか?どんな気持ちでここにたどりついたのだろうか?と思うと胸が苦しくなります。ひめゆりの塔とは違い、決して派手ではない場所ですが彼女たちのバックグラウンドを知り、訪れるとより特別な場所に感じます。彼女たちが生きた証を後世にも残し、歴史を語り継がなければならないと思いました。修繕プロジェクトで足場が綺麗になりました。車椅子の方たちでも手を合わせることができます。
| 名前 |
白梅之塔 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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ひめゆりの塔が有名だが、ここにも看護学生の慰霊碑がひっそりたたずむ。場所的に若干不便なのか、訪れる人も少ないが、かえって犠牲者が安らかな眠りを得ているように、静かな時間が流れている。白梅隊については、本などで一読されてからここを訪れるのが良いとおもう。