松浦武四郎の学び舎、真覚寺。
海寶山 真覚寺の特徴
三雲に位置する曹洞宗の寺院で、歴史的な背景も感じられます。
松浦武四郎の少年時代の学舎として、学びの場の役割を果たしました。
地元の人々にとって、思い出深い場所として愛され続けています。
三重県松阪市三雲に有る曹洞宗のお寺です。松浦武四郎生誕の地から伊勢街道を少し北に行って、丁子屋薬舗の建物の北から建物に沿った細い道を東に向かった所に貴船神社と並んで有りますが、道は判りずらいです。境内は本堂が有りますが、本堂に掛けられた額の文字は「北町集会所」が大きく前に出ており、その奥に「海寶山」と小さな額が掛かっています。又、敷地右隅には墓石がいくつか有ります。松浦武四郎が幼少の頃に読み書きを学んだ寺とされており、普段は雨戸が閉まっていますが、武四郎まつりの時に一般公開されています。
近くに生まれた松浦武四郎が7才がこの寺の住職に読み書きを習った。
松浦武四郎の少年時代の学舎‼️
| 名前 |
海寶山 真覚寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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真覚寺(しんかくじ)山号は海寶山(かいほうざん)宗派は曹洞宗松浦武四郎誕生地の裏手にあたる寺で、本尊は観世音菩薩立像です。その開基や、詳しい由緒は不明ですが、海山と号し、中世に伊勢国司を務めた北畠氏の菩提寺・浄眼寺(松阪市大阿坂町 )の未寺とされます。文政七年(一八二四)、七歳の武四郎は、真覚寺の住職・来応和尚から読み書きを習いました。来応和尚は諸国で修業し、霊力を身につけた僧とされます。武四郎の自伝には、十二歳の頃に雲出伊倉津村(現在の津市雲出伊倉津町)に狐がとりついた娘がいて、来応和尚がお経を唱えて娘から狐を解き放ち正節稲荷大明神として祀ったところ大変ご利益があると評判になったことが記されています。来応和尚の活躍を間近に見た武四郎はお坊さんにあこがれを抱くようになりました。正節稲荷大明神の建物は現存しませんが、真覚寺には来応和尚のお墓や、正節稲荷が評判になったことで作られた梵鐘、敷地内の鳥居の脇に「正一位 正節稲荷大明神」と刻まれた石標や、堂内に狐の置物があるほか、狐を解き放った様子を和尚が自ら記した木の板が残されています。木の板には、狐の名は正節といい、理由がありこの娘に宿ったが、娘の体から出ていくかわりに、私を祀る神社を建ててほしい、そうしてくれれば何でも願い事をかなえようと話したことが記されています。伊勢街道を歩く多くの旅人が正節稲荷に参り、江戸時代後期には大評判だったようですが、移動手段が車や電車になると、街道を歩く人もいなくなり、正節稲荷は廃れていきました。しかし、大切に残された資料は、かつての繁栄を物語っています。