牛久保の隠れた歴史、今川義元の胴塚!
今川義元公墓所の特徴
今川義元公のお墓がある歴史的な場所です。
住宅地の中にひっそり佇む静かな史跡です。
美しく整備された一色城跡が近くに存在します。
【2026年3月20日🌃】牛久保駅という無人駅から徒歩で行きました。桶狭間からここまでは凄い距離なはずなのに!凄い!お墓の左側に白い木がそびえ立っているのが非常に面白い!白粉をしていた今川義元さんがまだそこにいるかのようだ!
今川義元の胴塚。「桶狭間の戦い」で織田氏に討ち取られた後、家臣が首の無い胴体を背負い、この地に胴体を埋葬したとある。後に今川氏真が訪れ、三回忌を行っている。
飯田線牛久保駅徒歩5分、今川義元公本能寺の変で首は織田方へ、胴が埋葬されてます。隣に足利一族執事を務めた一色刑部の墓があります。
ひっそりと住宅地の陰の今川義元の同塚です桶狭間で討たれた後家臣が何とか持ち帰って隠したらしいです。地元の方々の努力で今尚存在していてこのまま残して欲しいです。
住宅地の中にありました。静かな場所です。
歴史的に興味深い場所です。区画整理等されておらず、奈良時代?から変わらない道すじのようです。とにかく道幅が狭く、曲がるのにも一苦労です。自動車学校より狭いかも。軽自動車がおすすめの道です。
言わずと知れた、今川義元公のお墓です。住宅地の中、さらに脇道に入っていかないと大聖寺の入り口が見つからないので、初めて行った際にはなかなか見つけられませんでした。グーグルマップのナビを使えば間違いないですね。大聖寺に入り左手にある道を進むと門がありますので、その奥にお墓があります。想像していたものと違い、こじんまりとしたお墓でした。すぐ脇に一色刑部のお墓もあります。二度目に行った時は、お墓を守るかのようにスズメバチが飛んでおり、近づくことが出来ませんでした。たまたまだったと思いますが、近くに巣があるかもしれませんので、気を付けたほうがよさそうです。
見どころがあるのだから、牛久保も観光地にすればよいのに。
⭐️三河牛久保にある大聖寺境内の墓所は今川義元の『胴塚』⁉️駿河の大大名、武田信玄や北条氏康と渡り合った今川義元、戦国の栄枯盛衰、一抹の哀愁🤔⭐️名門駿河守護・遠江守護、「海道一の弓取」と言われた今川治部大輔義元、1560年(永禄3年)5月に兵20000で尾張へ侵攻開始、5月19日朝「沓掛城」を出撃し田楽狭間で織田信長率いる兵2000に襲撃され討死、首級奪われ首実検後、須ノ口に晒される⚔️⭐️桶狭間の戦場に残された首級のない胴体、大将の胴体を駿河まで持ち帰ろうとした今川家臣達、思った以上に腐敗激しく三河国宝飯郡で諦め埋葬、それがこの地❗️伝承の通り一番下の墓石が「手水鉢」だ‼️今川家臣が埋葬場所と分かるように目印か⁉️⭐️1563年三回忌法要を今川氏真が催したと案内板にあり、その時期に今川氏真が駿河から東三河まで来る、そんな余裕あっただろうか⁉️墓石代わりの「手水鉢」はそのまま、ここだけ雰囲気あります、そして綺麗に整備されています、大事にされていて良かった✨⭐️車を駐車するスペースあります、転回可能🚙★余談★桶狭間の戦いで大将の今川義元討死、今川方尾張から撤退後も今川重臣/岡部元信が孤軍奮闘する「鳴海城」、手を焼いた織田信長は首級と開城を交換条件に首級を返還、駿河に帰還へ、しかし途中腐敗激しく、持ち帰り諦め現在の愛知県西尾市駒場町の「東向寺」に埋葬『首塚』😣
| 名前 |
今川義元公墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0533-89-2206 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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来るまでの道は狭い。駐車場あり!