源氏物語ゆかりの竹川花園。
竹川の花園の碑の特徴
近鉄山田線の漕代―斎宮間に位置する史跡です。
平安時代の源氏物語に登場する歴史的な場所です。
1200年以上前の竹川の花園に関する歌が紹介されています。
近鉄山田線の漕代―斎宮間の線路沿いに有る史跡です。大きな木と石碑です。近くには明和町の幟と説明板も立っています。電車の車内からも存在はわかりますが、実際に行くとなると、整備されていない畦道を通らなければならず、夏場は雑草が生い茂って石碑周辺の足元が見えづらくて少し苦労します。
案内看板にたどり着くまでに、草ぼうぼうの畦道を通らなければなりません。日本遺産を示す明和町の幟は、恐らくは強風にさらされてだと思いますがボロボロでした。
約1000年前の平安時代に書かれた「源氏物語」に出てくる「竹河」の段に登場する「竹川の花園」竹川の 橋のつめなるや 橋のつめなるや花園に はれ 花園に 我をば放てや 少女伴(めざしたぐ)へてという歌が紹介されています。この場所の地名は、現在も「竹川字花園」といい、この歌の舞台になった場所だと考えられています。
| 名前 |
竹川の花園の碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
2.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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現在はこの場所に花園があるわけではなく、今から1200年以上前にあったという場所。目印はカシの木で真横には近鉄線の線路が通ってます。かつてを偲ぶものはありませんが、カシの木の下には「花園舊阯」と刻まれた大正時代の石碑があります。