近江商人のふるさと、静かで感動。
五個荘金堂 重要伝統的建造物群保存地区の特徴
映画『最後の忠臣蔵』のロケ地として訪れた方が多い、歴史あるエリアです。
近江商人発祥の地として知られ、湖東商人の町としての風情が感じられます。
重要伝統的建造物保存群に指定され、商家の歴史を肌で感じることができます。
朝9時前に現地に着きましたが、とても静かで、歩くのも申し訳なく感じるほどです。伝統的な建築が大変よく守られているのもさることながら、町並の景観も保たれています。訪れた時季もあるのでしょうが、旧家のようなお宅の門前や角等に、手のひら大のお内裏様とお雛様が置かれていました。この事からも、お住まいの皆様の地域への愛情を窺い知ることが出来ました。尚、社寺など多数ありますが、御手洗いはありませんので、お気をつけ下さいませ。
豪商がたくさん住んでいたことがわかった 風情がある街並み。
2025.11.8訪問。近江商人の町、五個荘伝建地区。たまたまマルシェイベントをやっていたのでそれなりの人出がありました。おかげで普段入れない所に入れ、買い物が出来たのはラッキーでした。地元民へのイベントとはいえ地区を盛り上げようとする姿勢は大事です。白壁と大きな商家木造住宅があり、広めの側溝水路とそれを利用する作りが特徴的。それなりに整備保存されています(他県の伝建地区住民なのでちょっと厳し目)。ただ明らかに店舗がありませんので、通常時は訪問観光客は少ないと感じ取れます。雰囲気を楽しむには良い環境ですが、観光的には厳しそう。40年前であれば文化財施設で人を呼ぶ事は出来ましたが、今時の観光は京都嵐山や鎌倉、金沢のような食べ歩き、買い物、映えがないと寄りつきません。純粋に歴史的建造物を楽しむ身としては良い事なのですが、全国的に伝建地区が抱える観光誘致問題かと。
滋賀県東近江市五個荘地区にある町「金堂」。古代条里制の区画割りを残す農村地帯、同時に江戸末期から昭和初期にかけて活躍した近江商人の発祥の地である。水田風景のなかに、商人屋敷と社寺が甍を並べる町並みが「重要伝統的建造物群保存地区」として東近江市に選定されている。東近江市伝統的建造物群保存地区保存条例第3条の規定に基づいて保存計画を立てて保存している。町並みを歩くと風情あふれる景色が広がり、水路には清らかな水が流れ錦鯉が優雅に泳ぐ姿が見られる。金堂地区では近江商人屋敷3館が公開されており、近江商人の本宅の佇まいをすることができる。大きく見ると、琵琶湖とその水辺景観といって、日本人の精神に、深くかかわる部分が残されている風景なのである。水の文化が残されている。文化庁のサイトも読んでみました。
近江商人のふるさとのひとつとされている集落。2025/10/10初めて訪れました。大城神社前の広い通りと、そこに交差する大小の道の両側に、白壁や板壁に囲まれた家屋や蔵が並び、張り巡らされた水路と相まって素晴らしい景観を作り出しています。町並みのエリアも広く、見応え十分。堪能しました。
てっきり五個荘駅周辺だと思ってた古い町並み、コッチ側だったんですね!。国道8号線を挟んで駅とは反対側。コンパクトな範囲ですがステキな町並みがキレイに保存されています。時間が有ったので路地という路地をジグザグ歩き詰め、小路という小路を全て網羅できたかも。その間すれ違ったヒトは数名のみ。静寂の似合う町です。そっか、観光地に有りがちな食べ歩き向けの店はおろか飲食店自体が無いんですね。近江商人らしからぬ商売っ気の無さ?····いやいや、ヘタに観光客に媚びてないのが逆にイイです。変にワザとらしく観光地化されててシラケちまうパターン、これまでも数多く見てますから。
近江商人の発祥地の一つとして知られています。ただこの地域は農村から発展したとの事で、店ではなく本宅だけが置かれていて、一戸一戸の家も農家のお屋敷風な佇まいのように感じました。
パワースポットらしいです。朝早いと交流館は開いてないので、街並みをみるだけです。
立派な寺社や商人の本宅があり見応えがあります。鯉も立派です。町があまり力を入れていないのか、心配になるくらい観光客がいませんでした(そこがいいところではありますが…)。皆さんどんどん行ってください。観光センターで思いがけずお米を安く買うことができてラッキーでした。
| 名前 |
五個荘金堂 重要伝統的建造物群保存地区 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0748-24-1234 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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五個荘金堂地区は近江商人ゆかりの地として知られており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。町並みを歩くと舟板塀や白壁があり、江戸時代後期から昭和前期にかけての近江商人の本宅群と伝統的な農家住宅が並んでいました。これらに加えて、寺社や周辺の水田が一体となり、優れた歴史的景観を見る事が出来ました。