心安らぐ歴史の地、芳證寺。
芳證寺の特徴
高台に位置し、天草の海が見える美しい景色が広がります。
九州三十三観音霊場の第22番札所として由緒あるお寺です。
住職の説法が心に響き、訪れる価値のある特別なひと時です。
美しく整備された境内と地元有力者が多く眠る広大な墓地から、ここ芳證寺が本渡地域を代表する寺院であったことをうかがわせる。樹齢数百年の巨木も見処に一つ。
天草の静かな空気に包まれた芳證寺へお参り。境内は落ち着いた雰囲気で、心穏やかな時間を過ごせました。お寺の方の温かな接待にも感謝。旅の途中でほっと一息つける、優しさに触れたひとときでした。
御領神社を教えてくださった高辻󠄀さんが、長岡興就を知りたいなら、近くの芳證寺をお訪ねなさい。あの寺には、興就の墓もありますとのお言葉をいただき、御領神社の後に行こうと、境内で写真を撮っていたら、何とスタンドから御本人が軽トラでわざわざやってこられたのには驚いてしまった。方向音痴の私は、高辻󠄀さんのご厚意で、無事に芳證寺に至ったのである。着くとこのお寺の敷地の広大さと、建物の立派さに驚くことになった。しかも、高辻󠄀さんはお寺のご住職婦人ともご懇意で、この後、婦人から寺の来歴から長岡興就のこと、更には光秀、ガラシャの血をひき、天草にゆかりのもう一人の光秀の孫、細川興秋について詳しくお話を伺い、とても心を動かされることとなった。奥さまにはこの後、寺の裏にある細川興秋と長岡興就の墓にも案内していただいて、二人の明智家ゆかりの方々に深く頭をさげることができた。また、奥さまからは、細川興秋と芳證寺についての詳しい歴史が分かる小冊子を購入できて、芳證寺のカレンダーまでいただくことになり、喜びは大きかった。かの有名な初代天草代官鈴木重成が、自分の父母を弔うために建立した曹洞宗月圭山芳證寺には、初代肥後細川藩主忠利の兄、キリシタン大名であった興秋が、大阪の陣の後、落ち延びて生きていたのである。その子孫が越訴で著名な長岡興就なのだ。確かな歴史の真実。私はこの史実を多くの人に知ってもらいたいと願う。
高台にあり境内も綺麗に整備され管理も行き届いてます。まず、印象的に立派なお寺やな~と感じます❗
『般若心経』の 写経初めて接し一筆に思い巡らし…いつしか心帆軽く遠き天空に願い一つになりありがとうございます。
約40年振りにお伺いしました、中は立派な作りで、天草で唯一歴史的な建物です。とても優しい住職と奥様がおられます。
初午にお参りさせて頂きました。今迄で1番寒い初午参りでした。和光様からのお言葉に元気を頂き一歩ずつ歩みを進めます。
九州三十三観音霊場22番札所です。駐車場は境内にあり、お寺の北西側に入り口があります。かつての城跡にあるお寺です。穏やかな住職さんが居られ、お茶とお菓子のお接待をいただきました。
住職の説法が最高でした。感謝です。
| 名前 |
芳證寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0969-32-0359 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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偶然か必然なのか、何も知らずに脇道へ車を走らせたところ、お寺に辿り着きました、この時はまだ名前も歴史も知らないままでしたが「このお寺に呼ばれた気がする!お参りしよう!」と言って、参拝させて頂きました。とても美しいお寺で、御朱印をお願いしたところ、とても優しい御住職に接待頂き、歴史から現在に至るまで様々なお話しを聞かせて頂きました。途中で奥様とお嫁さんがお戻りになり、より一層楽しく有難いお話しを聞かせて頂きました。本当にありがとうございました。