御破裂山で歴史を体感!
藤原鎌足墓所の特徴
御破裂山の中腹からの道は平坦で楽に散策できます。
談山神社は大化の改新の歴史に深く関わっています。
鎌足墓所は中臣鎌足の偉業を感じる特別な場所です。
墓所裏に展望台があり、大和盆地を一望できました。
談山神社は大化改新の中心人物の藤原鎌足を祀る神社です。舒明、皇極二代の天皇の世に、国の政治を欲しいままにしていた蘇我蝦夷、入鹿の親子を討伐し、政治を改革しようとした中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)が西暦645年の5月に多武峰に登って「大化の改新」の談合を行ったことから、後にこの山を談い山(かたらいやま)、談所(たんじょ)ヶ森と呼ばれました。この呼び名が神社の社号の起こりとなりました。御破裂山(ごはれつやま:608m)は談山神社の奥に位置する山で、自然林の茂る山上には墓があり、藤原鎌足の墓と伝えられています。(一説には、鎌足の子・定慧の墓とも言われています。)ここからは大和平野が一望でき、大和三山や遠くは葛城連峰が望まれます。藤原鎌足の墓については阿武山古墳(あぶやまこふん)大阪府高槻市が有力視されています。副葬品に当時の最高冠位である織冠が発見されたこと、被葬者は腰椎などを骨折する大けがをしていること、鎌足の死因(落馬後に死去)と一致していました。
墓所の左側に回ると展望台があります。昔行ったときは木が覆っていた記憶があるのですが、最近?木を切ったのか、北西方面の展望が望めました。
御破裂山、最初が険しいですが、中間からはなだらかな階段と平坦な山道で歩きやすいです。ぜひ、鎌足さんにご挨拶に訪れてみてください☺️
談山神社は、大化の改新の相談をしたとされるところで、中大兄と鎌足が作戦を立てた談(かたらひ)山と鎌足の墓所がある御破裂山(618m)へ上がってみました。かろうじて大和平野を望むことができました。
参拝。行ったときは特に山鳴りしておらず。
天皇主導でなく 中臣鎌足と中大兄皇子の改革によって豪族を中心とした政治に終止符させて天皇中心の政治へと移り変えさせたあの大化の改新。その談を行ったのがこの「語らいの場所」とのこと。是非自分の目で見たいと急に本降りになり出した雨の中、折り畳み傘一本で上がってきた、世の中がひっくり返る大きな「大化の改新」の打合せをしたこの地に立てて不思議な感覚に浸ることができた。雨もまた良し、?
裏に見晴台がありますが何も見えません。その横に近代的なお墓がありました。
国家に不祥事があると鳴動するらしいうらに展望台あるがみえない618m20220611
| 名前 |
藤原鎌足墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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談山神社から歩いて行けます。案内板が整備されているので迷子の心配はありませんが一部険しい階段もあります。裏手に現代的な藤原家代々墓があって、鎌足公の子孫が眠っているのだろうか。と現代まで続く歴史に思いを馳せました。