空海ゆかりの大宝寺、歴史を感じる。
大寳寺の特徴
空海が説いた真言宗の寺院で、由緒ある歴史を感じられます。
大宝元年に創建され、五島で最も古い寺として知られています。
美しい海沿いに位置し、心が落ち着く静かな空間が魅力です。
弘法大師が苦難の末に唐の恵瓊大師から教えを受けた後、帰国の際も遭難して玉之浦に辿り着き(806年)上陸場所近くにある大宝寺滞在中に「真言宗」として改宗した場所。門前には「西の高野山」とある。
弘法大師ゆかりのお寺。10月には全国の方が参加するイベントもあるらしい。
空海が帰国時、先ずたどり着いたのがこの海岸、そこにあった寺に暫く滞在したとの事。
中に入ってお参りできます。夕方にいったもので全部中を拝見できませんでした。見ごたえはありますので余裕を持っていかれることをお勧めします。
空海が入唐の帰途、日本で最初に真言宗を説いた寺院とされる。西高野とも呼ばれる。
教会に負けてない、日本遺産の寺。ここから空海が朝鮮半島に渡ったとか。空海は超人だったと伺える寺。参拝は襖の扉を開けて、自由に入れる。
余りに見る所が多くて、ワケが分からなくなるほどでした。時間に余裕を持って行く事をオススメ致します。以下引用させて頂きました。大宝寺は、701年(大宝元年)に三論宗の道融和尚が創建したと伝えられる五島最古の寺であり、第41代持統天皇の勅願寺です。その後、806年(大同元年)に、遣唐使に随行していた空海が唐から帰国の際に大宝寺の付近に漂着し、国内初となる真言密教の講釈を行ったとされています。このことから、三論宗を真言宗に改宗させたといわれ、真言宗総本山の高野山に対し、大宝寺を西の高野山と呼ぶようになりました。また、五島八十八ヶ所巡拝の八十八番札所でもあり、境内には「弘法大師霊場 祈願お砂奉安 四国八十八ヶ所巡拝御砂踏處」と書かれた大師堂があるほか、長崎県指定有形文化財の梵鐘もあります。本殿には、最澄が寄進した十一面観音や左甚五郎作の猿の彫刻があり、2022年には日本遺産の構成文化財として追加認定されました。
空海が唐から帰る際に漂着したという地。予想以上に迫力あるお寺です。
高野山とは規模は違いますので織り込み済みで訪問します。厳しい冬の寒さを凌げるような南向きの穏やかな集落にありました。日本の西の最果ての地にある立派なお寺です。
| 名前 |
大寳寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0959-87-2471 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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あの有名な弘法大師が遣唐使とともに帰国した際に滞在した寺で、『西の高野山』と言われているそうです。福江島の中心街からかなり離れていることもあり、ゆったりできました。