三ノ輪の投込寺、静かな供養の地。
浄閑寺の特徴
新吉原の遊女たちに関係した投込寺として知られる歴史的なお寺です。
永井荷風が訪れ、歌碑も残されている文学的な意味を持つ場所です。
江戸時代からの供養文化を感じられる特有の雰囲気が漂っています。
日比谷線三ノ輪駅のすぐ近くにあります。病気などで死んだ遊女が投げ込まれたことから「投込寺」とも言われています。川柳作家・花又花酔の「生れては苦界 死しては浄閑寺」という句が有名だそうです。
吉原で亡くなった遊女の投げ込み寺。引き取り手もなくこの寺へ持ち込まれた。遊女たちの供養塔(新吉原総霊塔)はやや奥まった所にある。上部には阿弥陀如来坐像。下部は納骨室になっている。納骨室側面の錆びついた鉄格子から内部を垣間見るとお骨を納め大切に葬られている白い器を見ることができる。お寺の方にお聞きすると、総霊塔建立時に遊女たちを改葬して納めたとのこと。彼女らの苦しみ哀しみがよりリアルさを増して伝わってくる。
新吉原総霊塔には、化粧道具や髪留めなど女性向けグッズがお供えしてあり、その下のお地蔵さん口紅がしてある。感慨深く、泣かせる。
浄閑寺は通称「投込寺」と呼ばれている。されど遊女の投げ込みの為に創建された寺では無い。1655年、浄閑寺の創建1657年、明暦の大火により日本橋にあった吉原が同年に浅草寺裏に移転する。此れに依って新吉原となり日本橋にあった吉原を元吉原と呼ぶ。1742年、山門等の建立1855年、安政の大地震が起きて、新吉原の遊女達の遺体が投げ込まれる。ここから「投込寺」と呼ばれる様になった。穴を掘って大量に遺体が投げ込まれた。遊女の人生の悲惨さを「生れては苦海 死しては浄閑寺」花又花酔の川柳にも詠まれている。境内には史跡も多い。駅利用は日比谷線三ノ輪駅が徒歩3分と一番近い。
2025年4月20日午後参拝地下鉄三ノ輪駅の近くにあるお寺、当日は千住大橋を見てからシェアサイクルで三ノ輪駅に戻る途中に訪ねやしたよこちらは投込寺という別名で有名で近くの吉原の遊女の遺体が投げ込まれてた過去があるそうお寺の横の墓地には新吉原総霊塔が建っておりその前には永井荷風の歌碑もありやしたよまた山谷の身寄りのない人を供養した、ひまわり地蔵尊もありやした境内は他に参拝の人もなく静かで咲き始めた白と紫の藤の花がとても綺麗やったさあ。
地下鉄日比谷線三ノ輪駅(明治通り沿い角)の裏手に佇むお寺,親友の家が近く,昔から良く通った浄閑寺・賑わいのある浅草浅草寺と異なり,少し空気が重く感じる地域でもある,浄閑寺の裏(寺の右側を通って行く)とJR常磐線を潜るトンネルがあり深夜には絶対に通りたく無い道を通り抜けて右に曲がり(東側に進む線路伝いに)重い空気が続き,南千住駅手前の骨通りに出た左角に回向院(小塚原処刑場跡地)が佇んでいる,昔で言う山谷地区でもあり,遡ると浄閑寺・回向院・泪橋交差点と続く,山谷地区と吉原遊廓は近く,吉原大門の見返り柳は石碑と柳があり独特の雰囲気に包まれる,私は霊感が人並みより強く,この近辺を通り過ぎる時には常に脳内を空にしている,霊感の強い人はキツい場所かも知れない,浄閑寺は吉原遊女の投げ込み寺として知られているが昼間に観光で訪れる人達は後を絶たない有名な寺である,台東区・荒川区決して都内でもメジャーな街では無いが,古くからの飲食店もあり・是非遊びに来て欲しいと思う,吉原や小塚原処刑場の歴史を辿って歩いてみれば清らかな心に響く観光になるかも知れません。
1655年創建。本尊は阿弥陀如来。このお寺が建てられた2年後には吉原遊郭が誕生しており、以降、吉原遊郭と深い関わりを持ってきました。1855年の安政の大地震で犠牲になった大量の遊女がこのお寺に投げ込まれるように葬られたことがきっかけで「投込寺」という別名もあります。境内には戦災や天災を始め、さまざまな理由で吉原で生涯を終えた多くの遊女たちを弔う新吉原総霊塔や吉原随一の美女と呼ばれた若紫のお墓もあります。また、もう一つ、このお寺はこの土地の歴史を伝えています。それは「ひまわり地蔵尊」と呼ばれるお地蔵さんです。このお寺が立地する地域は日雇い労働者の町・山谷にも近く、そこでは、日雇い労働者たちが孤独の壁を越えて連帯して支え合っていました。しかし、死後の安心なしでは真の生活の安らぎがないということから、たくさんの人達からの浄財によって彫刻家の倉田辰彦氏による製作1983年この地蔵尊が建立されました。ひまわりの名は太陽の下で働き抜いた日雇い労働者のシンボルと言えます。このように、このお寺では、あまり触れられることのない、日本の歴史の一断面をひっそりと伝えています。
ここは永井荷風の書を読んだ事で、訪れるようになりました。訪れるたびに遊女の哀しさが、感じられる所になってしまいました。
三ノ輪の浄閑寺。別名投げ込み寺と呼ばれていることは良く知られている。北郭の引き取り手のいない遊女達をまるで物でも投げ込むが如く葬ったお寺である。浄閑寺は文化勲章受章者の文人永井荷風氏がこよなく愛したお寺でもある。お寺の中程迄行くと永井荷風氏が書かれた震災の碑と筆塚がある。4月30日には浄閑寺本堂で荷風忌が執り行なわれる。
| 名前 |
浄閑寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
03-3801-6870 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 6:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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NHK2025年「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」が終了したので、2026年の始めにこちらへ訪問しました。遊女の供養塔に手を合わせたかったのが目的となります。