永寿山 真福寺で祈る、静謐な時。
真福寺の特徴
伊勢崎佐波観音霊場第29番、歴史深い寺院です。
新四国88ヵ所霊場第14番、霊場巡りの名所です。
天正年中に建立された、歴史的意義ある場所です。
⚫️伊勢崎佐波観音霊場第29番永寿山 真福寺(新義真言宗)【聖観音】⚫️新四国88ヵ所霊場第14番自在山 真福寺(真言宗 豊山派)◇天正年中三ッ木城主根岸肥後守繁道其姉永寿尼の冥福を祈る為、建立する所なり、永寿尼は生涯寡婦にして能く家政を治める。老年に及び三木城の側に庵室を結び念仏三昧に其の日を送りしが遂に此處に終る。永寿尼は草庵に歿すると真福尼と称し、この草庵を真福寺とした。【能く】よく十分に。 念入りに。 詳しく。◇本堂は、広い境内の国道沿いにこぢんまりと建つ。お堂は最近改築され、屋根は瓦葺きから銅板葺きに変わり壁面や入口も新しくなった。ずんぐりした真新しい建物が、かえってこの寺の特徴を表しているかのようである。 無住のせいか、境内の広さが寂しさをよけい増長させる。入口には真福寺と書かれた石柱と、その脇に大小の地蔵が立つ。本堂に並ぬんで境内の高台には、稲荷神社がひっそり立っている。天正年間、三ツ木城主であった根岸肥後守、繁道の姉、永寿尼の菩提を弔うため建立。永寿尼は生涯、寡婦に徹し家政をよく治めた。晩年、三ツ木城のそばに庵を立て、念仏三昧の生活を送る。死後、真福尼と呼ばれ、庵は真福寺となった。以後、衰退したが、昭和35年になって、現在の本堂が再建された。今まで東向きだったが、南向きに建てられた。近年の区画整理のため、現在の真福寺には三ツ木城を思わせる遺構は見当たらない。《新四国88ヵ所霊場めぐりより》南に広いグラウンドがあり、集会所の様な建物が真福寺です。境内の高台に三ツ木神社があります。佐波観音霊場と新四国で御朱印を頂いたのですが、霊場が違うと山名と宗派も変わります。良く分からない。納経は徳蔵寺で頂きました。
| 名前 |
真福寺 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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伊勢崎佐波観音霊場、第29番とのこと。