心字池で心を癒す。
長楽寺 蓮池の特徴
心の字を型どった心字池が魅力的で、池の二つの島が印象的です。
南の池は、心の意味を込めた美しい景観を楽しむことができます。
長楽寺には、心の字にまつわる由来がある特別な池が存在しています。
長楽寺にある池です。蓮池と呼んでいることから、蓮が沢山生えるのだと思います。訪れた時は、水抜きされていて底が見えそうな感じでした。もしかして、池の水全部抜く作戦が発動されていたのかも知れません。番組をチェックすることにしましょう。ここ、長楽寺の蓮池には伝説があり、池の底は龍宮へと繋がっていて、望みのものを紙に書いて池へ投げ入れると、忽然とその品が浮かび上がってくるのだと言います。ただし、それは使い終わったら返さなければならない決まり事だったそうです。しかし時の僧が、千畳の蚊帳を所望して蚊帳を手にいれたのですが、蓮の糸で編まれた素晴らしい蚊帳で、手放したくなくなり返さなかったそうです。すると、いくら紙に書いて池に投げ入れても何も起こらなくなったそうです。池の水全部抜いたら、数々のお宝が出てくるかも知れません。もしかしたら龍宮への入り口も見つかるかもしれません。
| 名前 |
長楽寺 蓮池 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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「心」の字を型どっていることから、心字池とも呼ばれ、南の池の二つの島は、心の字の二点を現わしているといわれているそうです。北の池は、底が竜宮に通じていて、何か必要なものがあれば、その品名を書いた紙を池に投げ込むと、水面が渦巻いてその紙を吸い込み、やがて忽然としてその品物が浮上するという竜宮伝説があったそうです。私が訪れたときは水は抜かれていて、もちろん、竜宮城へ繋がる通路も見当たりませんでした。以下は、近くにあった案内板の内容です。長楽寺の蓮池と渡月橋所在地 太田市世良田町3116-3この蓮池は、長楽寺の住持義哲西堂の永禄八年(一五六五) の日記(永禄日記 県重要文化財)にもある池で、承久三年 (一二二一)長楽寺創建当時の遺構を残すものの一つです。 蓮池は別名心字池ともいい、心の字をかたどって造られ、南の池の二つの島は、心の字の二点を現わしていると言われています。以前は、北の池に白、南の池に紅の蓮があり、盛夏の頃には池一面に紅白の花が咲き、さわやかな芳香があたりに漂っていました。中央に架かる弧状の橋を渡月橋といい、後鳥羽上皇から下賜されたと伝えられる五面の勅額の一面に「渡月橋」とあるのは、この橋のことと考えられます。元は木橋でしたが、寛政八年(一七九六) 石橋に改められました。北側の橋桁の内側に、御修復篠木勝左衛門外十六名と、棟梁市田吉左衛門、 石工天野源兵衛の氏名が彫刻されています。木橋当時の欄干の擬宝珠は、現在の本堂(旧太師堂)勾欄の擬宝珠として保存されています。昭和五十七年(一九八二)、歴史公園計画事業の一環として、池の浚渫及び周辺の整備が行われましたが、本格的な学術調査は行われておりません。なお、池の汀にある岩石は、 昭和四十四年(一九六九) 護岸のために据たもので、元は素掘りの池でした。(竜宮伝説)北の池は、底が竜宮に通じていて、何か必要なものがあれば、その品名を書いた紙を池に投げ込むと、水面が渦巻いてその紙を吸い込み、やがて忽然としてその品物が浮上すると言われていました。ある時、寺に大行事があって、千畳張りの蚊帳を借りました。それは蓮の糸で織られた精巧な蚊帳でした。寺僧がこれを惜しんで返さなかったため、それ以来、 いくら紙を投げ込んでも、池の水面には何の異変も起こらなくなったと言われています。令和七年(二〇二五)三月太田市教育委員会。