リデル・ライト両女史の光、歴史の跡を辿る。
リデル、ライト両女史記念館の特徴
ゆったりと作品を楽しむのに最適な博物館です。
入館無料で提供される貴重な学びの場です。
旧熊本回春病院の歴史的建物内にあります。
下記は、主な文化財(建築物)下記は、登録有形文化財リデル、ライト両女史記念館(旧熊本回春病院らい菌研究所)大正/1919/1935増築東西に長い寄棟造桟瓦葺の建物で、北面西端を半間突き出すL字型平面とし、正面中央にポーチを設ける。基礎は煉瓦造で石貼とする。1階を下見板張、2階をモルタル仕上げとし、白色に塗装する。1階庇や出窓、2階正面の手摺、建具など、瀟洒な印象を与える。
ハンセン病患者の方々に生涯をかけて尽くされた3名の偉人について学ぶことができます。なぜ自分の一生をかけてまで、他者の救済をできるのか?精神に頭が下がります。ハンセン病に色々な偉人が関わっていることなどここを訪れなければ知らなかったことがたくさんありました。職員の方々もとても親切で、静かに時間が過ぎていきます。また折をみて伺いたいです。
25/3訪問大戦前後の難しい時期に国内でハンセン病患者に尽くされた方の資料館。尽くされたのは、3名の女性であった。患者の介護だけでは無く、研究所も整えられていた。
老人ホームの中にあるので、グーグルのナビ通りに行くと辿り着きません。ご注意を。
平成6年に『リデル・ライト両女史記念館』として両女史の顕彰に役立てられ、平成20年には国の登録有形文化財に指定されている建物だそうです。木の廊下やきしむ床の音に昭和30年代半ばから昭和40年代はじめの頃の小学生にタイムスリップ。明治24年(1891)英国国教会の宣教師として来熊されたハンナ・リデルさんは、当時、不治の病とされた「ハンセン病」患者を助けるために協力者や資金を募り「熊本回春病院」を創設され、生涯をハンセン病患者救済に尽されたという。戦後、「ハンセン病」は不治の病ではなくなり、らい予防法は、平成8年廃止されたとのこと。何の予備知識も持たずに訪れたのに案内いただいた歳若い学芸員さんの丁寧な説明に、担任の先生の授業を受けているような思いになり、昭和にタイムスリップできた有意義な社会科見学でした。
明治時代に英国から宣教師として来日して、ハンセン病患者の救済のために活動したリデルとライトの記念館です。入場料は無料で、開館時間は9時半から16時半です。休館日は年末年始と、毎週月曜日(祝日の場合は翌日)になっています。ハンナ・リデルは元々宣教師として来日してましたが、本妙寺の桜の木下で手を差し伸べられないハンセン病院患者を見て、彼らのために生きることを決意して、当時の実力者であった大隈重信や渋沢栄一にかけあって回春病院を設立しています。テレビ番組でリデルとライトの活動が取り上げられた15分程度の動画を見れます。2人の活動と、回春病院の理解を深めれますので、見るのをおすすめします。記念館の名前には連なっていませんが、リデルと同じ時期に宣教師と来日したノットも回春病院のために尽くした人でした。夏目漱石、ヘレンケラー、マークトゥエインとも関わりがあるエピソードがあるところで、学芸員の方の説明も面白く訪れて良かった場所です。福祉施設の敷地内にあるので、記念館の場所がすぐわからないかも知れません。案内板の写真をアップしてますので、事前に確認しておいた方が良いと思います。建物自体も重要文化財になっていて、それだけでも見にくる価値があると思います。
ハンナ・リデルさんは、五高の教師として英国から来日。本妙寺で行き場のないハンセン病の患者を目にしてショックを受け、熊本初のハンセン病の病院建設に奔走。資金集めで、大隈重信や渋沢栄一の協力を得て、回春病院を開院した苦労の人。皇室から藍綬褒章を授与。しかし、第二次世界大戦で、敵国性を疑われ、強制的に閉院させられてしまう。当時の建物があり、資料がたくさん残っています。ぜひ見学を。こうした人が、かつて熊本で頑張っていたのを知ると元気が出てきます。
ゆったり見るといいですよ。
2019年6月現在、熊本地震からの復興工事中です。がんばってください。
| 名前 |
リデル、ライト両女史記念館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
096-345-6986 |
| 営業時間 |
[火水木金土日] 9:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
|
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熊本に来たなら必ず訪れることをお勧めしたい。人間の持ちうる中で最も崇高な精神、戦争と平和、病と希望、などについて語りかけてくる。昭和天皇など多くの著名人が訪れてきた歴史的にも価値の高い場所。管理者の方々も非常に親切。