壇ノ浦の歴史が息づく、満福寺の魅力。
壇ノ浦で平家を滅ぼした源義経が、捕らえた平宗盛・清宗父子を護送して鎌倉へ凱旋しようとするが、兄である源頼朝公は鎌倉に入ることを許してもられず、ここの満福寺に留め置かれました。その鬱憤のあまり、大江広元に書状を書いてとりなしを頼んだことが碑に記されています。この書状が、かの有名な「腰越状」です。江ノ電が目の前を通る石段を上がり、山門横に石碑が建てられています。目の前には、「腰越状」をしたためる弁慶と切々と心情を吐露するかのような源義経の主従の像があります。
| 名前 |
義経宿陣之蹟(義経公の腰越状) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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石段に覆いかぶさるように江ノ電の遮断機が降りてくるので、要注意。有名な腰越状を義経が記した地とされているお寺さん。