神皇正統記伝承の菱形の池。
菱形の池の特徴
菱形の池は、江戸時代に移設された歴史を持っています。
ひし形に囲まれた美しい池が広がっているのが特徴です。
地元の人々に通称菱形さんと呼ばれ親しまれています。
熊本県熊本市北区植木町には、その名の通り菱形の形をした「菱形の池」と、そのそばに鎮座する「菱形八幡宮」があり、これらは日本の歴史書である「神皇正統記」にも記述される、非常に由緒ある場所です。1. 神皇正統記と菱形の池・菱形八幡宮の関連性「神皇正統記」は、南北朝時代に南朝の重鎮である北畠親房が著した歴史書で、日本の皇統の正統性を論じたものです。この書には、欽明天皇の時代(6世紀頃)に、筑紫肥後の国の「菱形の池」に八幡神が出現し、自らが応神天皇の生まれ変わりであることを告げた、と明記されています。菱形八幡宮は、この八幡神顕現の霊地として古くから伝えられており、境内には「日本最初-出現勝地」と刻まれた石塔があります。このことから、全国に数多ある八幡宮の中でも、菱形八幡宮は八幡神の最初に出現した地、つまり八幡宮発祥の地であるとされています。2. 菱形の池の歴史と伝説菱形の池は、現在も熊本名水百選に選ばれる湧水地です。その歴史にはいくつかの伝説が残されています。* 八幡神顕現の伝説: 上述の通り、「神皇正統記」にも記されている、欽明天皇の時代に八幡神が出現したという伝説が最も有名です。* 神功皇后の産湯伝説: 古代、遠征中の神功皇后が応神天皇を出産する際に、この池の水を産湯に使ったという伝説も伝えられています。* 池の形状の由来: 最初は正方形の池だったが、谷川の中であったため、大雨などにも耐えられるよう、菱形の形に修復されたという説があります。現在の池の形は、江戸時代にこの伝説にちなんで作られたとも言われています。かつては菱形八幡宮の裏にある洞窟の奥から水が湧き出ており、そこが「菱形の池」であったと考えられています。3. 菱形八幡宮と地域の歴史菱形八幡宮は、千数百年もの歴史を持つ非常に古い神社です。* 八幡神の遷座: 肥後国史には、「始めて宮柱を作り、肥後にむかえ、宇佐に奉る。神霊の始めて見れしは、この国、菱形の池」と記されており、菱形の池に現れた八幡神が、岩洞を通って豊前宇佐(宇佐神宮)に遷座したと伝えられています。* 熊本地震からの復興: 2016年の熊本地震では、菱形八幡宮の社殿が全壊するという甚大な被害を受けました。激しい揺れと裏山の巨石崩落によるものでしたが、氏子や地域住民の尽力により、2019年には再建が完了し、現在はその歴史を後世に伝えるべく復興を遂げています。* 地域の文化財: 菱形八幡宮の周辺には円台寺磨崖仏群など、他にも多くの文化財が点在しており、この地域が古くから信仰と歴史の中心であったことを物語っています。このように、熊本県北区植木町の菱形の池と菱形八幡宮は、「神皇正統記」に記された伝説と深く結びつき、八幡神信仰の重要な発祥の地として、地域に根ざした歴史と文化を今に伝えています。
菱形の池は八幡神がこの池に出現し、自らが応神天皇の生まれ変わりであることを告げたという伝説や、神功皇后が應神天皇を出産するときの産湯につかったなどの伝説が残っているそうです。雨上がりのため池は濁っておりました💦
池が‼️なくなっていました。
以前は西の菱形八幡宮にあったが江戸時代にこの地に移されたとされる。
12月4日に行きましたよ。周囲を少しずつ整備したら、と、おもいました。由緒有る。地名の基だと聞いたことがあります。
この池は、、、幼いころから馴染んだ池、通称、「菱形さん」です。その頃は、沢山の湧水が湧き出ていて、お産を控えていた妊婦さん達は、こぞって、この池の美しい水を飲んでいましたが、、、現在は、何か不明ですが、濁っているようです、残念ですが、、、。又、昔のように、アブラメと呼んでいた小魚が、スイスイ、キラキラと沢山泳ぐような池になって欲しいです。
いわれは分かりませんが、ひし形に囲われた池があります。生活排水が流れ込んでいるのか、すこし白く濁っているような気がします。熊本名水百選に選ばれているようです。
| 名前 |
菱形の池 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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神皇正統記 北畠親房応神天皇は欽明天皇の御代に初めて神となり 筑紫の肥後国菱形の池に現れた誉田の八幡麻呂である 後になり豊前国宇佐の宮に移った。