歴史を感じる下馬橋の迫力。
諏訪大社 下社春宮下馬橋の特徴
諏訪大社下社春宮の入口前に鎮座する姿が迫力満点です。
元文年間に改修された木造橋が魅力的に残っています。
春宮一の鳥居から現れる珍しい建物に驚きました。
2025年1月頃訪問、春宮の「下馬橋(げばばし)」は、室町時代に建立された下社で最も古い木造屋根付きの太鼓橋で、かつて身分の高い人が参拝時に乗り物から降りた歴史的建造物である。また、現在は2月の遷座祭などで神輿だけが通る神橋として知られ、下諏訪の趣ある景観を構成する重要スポットとなっている。
諏訪大社の建造物の中で最も古いものだそうです。その昔、春宮を参拝する時には馬から下りなければならなかったそうで、殿様であっても駕籠や馬から下りないといけなかったそうです。現在橋は閉鎖されているようですが、年に2回おこなわれる行列の神輿だけは橋を通ることができるそうです。
下社最古の建造物下馬橋(げばばし)は下社で最も古い室町時代の建造物とされ、年二回、遷座祭、お舟祭りの折、御霊代(みたましろ:神が宿る依り代)を運ぶ神輿はここを通ります。どんなに身分の高い人もこの橋の前で馬や籠を降りて、参拝したといいます。
長野県 諏訪大社 下社春宮下馬橋春宮から南に800m伸びる道路上にある。かつては この800mの直線で武士達が流鏑馬を競った馬場だったらしい。途中の御手洗川に この「下馬橋」が架かっている。下馬橋の建立は室町時代。建築様式は鎌倉時代のものらしいです。1730年に修築されましたが、下社では最も古い建物です。当時は どんなに身分の高い人も、この橋の前で馬や籠を降り、参拝したらしい。この春宮下馬橋は下諏訪町指定有形文化財になっています。現在では、諏訪大社で定期的に行われている遷座祭の時に この橋を渡ります。
大門通りの真ん中にある屋根付きの橋です。昔春宮参拝の折りにはここで下乗下馬しなくてはならず、殿様でも駕籠屋馬から下りなければならない場所であったため、下馬橋の名が付いたそうです。その形から太鼓橋とも呼ばれ、宮大工三井伝左衛門の作と云われています。
諏訪大社下社春宮下馬橋下諏訪町指定文化財 昭和四十八年六月二十六日この橋は春宮大門通りの中央に位置する、御手洗川にかけられた屋根付きの反橋です。昔、春宮参拝の折には、ここで下乗下馬しなくてはならず、殿様でも駕籠や馬から下りなければならない場所であったため、下馬橋の名がつきました。その形から俗に太鼓橋とも呼ばれます。現在でも年に二度の遷座祭の行列の内、神輿だけがこの橋を通ることができます。梁行一・八間(三・二五メートル)、桁行五・五間(九・九五メートル)、平面積三十二・三平方メートル、棟高五・三五メートル、柱は二〇センチメートル角で、三センチメートルほどの面がとってあります。神社の記録によれば元文年間(一七三六~一七四〇)の改修と見られ、諏訪大社の中でも最も古い建築で宮大工三井伝左衛門の作と言われています。天正六年(一五七八)の造営帳にも見られ、古い様式が忠実に伝えられています。屋根は本来獪皮葦でしたが、昭和三十五年(一九六〇)ころ銅板葺に改修され、損傷した橋の踏み板も取り替えられました。信濃國一之宮諏訪大社案内板より。
諏訪大社下社春宮大門(一之鳥居)から諏訪大社下社春宮へ向う途中にあり道の真ん中にあり車は避けて通ります。町指定の有形文化財、春宮下馬橋。間口1.8問(3.25m)奥行5.5間(9.95m)平面積32.3平方m俗に太鼓橋と言われ御手洗い橋にかけられた屋根付きの反橋である。今でも年2回、御霊代を運ぶ神興はこの橋を通ります。身分の高い人でもこの橋を渡る時には馬や籠から降りて敬意を払っていたとの事です。橋の真中には今でも小さいですが川が流れていました。
諏訪大社下社春宮の入口の前に鎮座する姿は迫力満点。何人たりとも籠や馬から下ろして通行させる強い意志を感じさせる構造物です。現存しているのが素晴らしいです。
諏訪大社下社春宮下馬橋元文年間(1736~1740年)の改修と見られ、諏訪大社の中でも最も古い建物で宮大工三井伝左衛門の作と云われている。天正6年(1578年)の造営帳にも見られ古い様式が忠実に伝えられているとの事。(下諏訪町教育委員会の説明板より)
| 名前 |
諏訪大社 下社春宮下馬橋 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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道路の真ん中に太鼓橋が鎮座しており何でこんな所に橋が?と思いましたが橋の下を良く見ると用水路が流れていました。御手洗川と言うそうです。現在は暗渠されているようです。下馬橋は室町時代の建立にされた古い建築物です。諏訪大社らしく立派な注連縄が掛けられています。