素掘りの堀で中世気分。
搦手跡の特徴
俳聖殿前の堀が中世の城の雰囲気を演出しています。
史跡の素掘りの堀が歴史の深さを感じさせます。
美しい景観が広がる伊賀市上野丸之内の魅力的な場所です。
石畳の道がある。
北の裏門があったのだろうか、階段下に北の住宅地につづく谷間の細い道が隠れている。緩やかな階段ではあるが、自然石がゴロゴロと敷きつめられているので歩きにくい。バランスを崩してしまうのは現代人の足腰の弱さか。忍者の伝達方法とも言われている葉書の木の落ち葉が、たくさん落ちている。竹串等で葉に文字を刻むと、時間を置いて文字が浮かびでる。ちょっと面白い。多羅葉(タラヨウ)という木で、葉が肉厚で硬く縁がギザギザしているのが特徴だよ。
かつての搦手がこのあたりだったそうですが、何も残っていません。
俳聖殿前の辺りは素掘りの堀でさながら中世の城の様。
| 名前 |
搦手跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
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搦手跡は、伊賀上野城の裏口にあたる出入口の跡です。城の正面入口である大手に対して、搦手は城の背後や側面に設けられた出入口を指します。現在は門などの建物は残っていませんが、ここからは城の防御を考えた配置や、当時の人々の動きを想像することができます。近世の城では、大手が公式な入口として儀式や来客のために使われたのに対し、搦手は城内への物資の搬入や、緊急時の出入りなど、実用的な役割を担っていました。また、敵が正面から攻め込んだ場合に備え、別方向から出入りできるようにする意味もありました。伊賀上野城は、藤堂高虎によって徳川幕府の西国防衛の拠点として大規模に改修されました。高虎は、高石垣や堀などの防御施設だけでなく、城内の動線にも細かな工夫を施しました。搦手もその一つであり、城を守るための多重的な備えとして配置された施設でした。大手が城の「表玄関」であるならば、搦手は城を維持するための「裏側の入口」といえます。戦のための備えだけでなく、城内で暮らす人々の移動や物資の出入りにも関わる、城の日常を支える重要な場所でした。現在、搦手跡に立っても往時の門を見ることはできません。しかし、ここから城全体の配置を眺めることで、天守や高石垣だけでは分からない、伊賀上野城がどのように守られ、運営されていたのかを感じることができます。搦手跡は、城の「裏側」からその構造を読み解くことができる、興味深い場所です。