八幡太郎伝説の旌桜寺。
旌桜寺(せいおうじ)跡の特徴
康平5年には源頼義親子が訪れた歴史的な場所です。
旌桜寺の名付けは瑞龍院の美しい桜に由来します。
前九年合戦の帰途に伝説が生まれた特別な地です。
2025年5月5日に参拝しました。康安(北朝の元号)元年1361年に佐竹義篤が、太沢山瑞龍院を建立しました。前九年の役後に源頼義・義家父子が立ち寄り、旗竿を刺した場所に生えてきた桜が見事だったため、旌桜寺と呼ぶようになったそうです。江戸時代となり、境内に徳川光圀が、源頼義・義家の位牌を納めた祠堂を建立しています。奥まった場所にあり、駐車場が無かったため、近所の方にお願いして、駐車させていただきました。桜の大木が、倒木の恐れがあるとのことで、ロープ内は立ち入り禁止になっていました。常陸太田市の教育委員会にお願いです。康安元年は、1631年ではなく、室町時代の1361年ですので、看板の表記を直していただきたいと思います。
桜が有名とのことですが、彼岸花の隠れたスポットでもあります。なかなか雰囲気もあってオススメです。
八幡太郎伝説が名前の由来となった"旌桜"が有名な大沢山端龍院旌桜寺。臨済宗円覚寺派のお寺で、佐竹義篤が康安元年(1631)に建立したと云われています。現在は廃寺となり2つのお堂が残されています。
この場所は康平5年(1062年)、源頼義、義家(八幡太郎)親子が、前九年合戦の帰りにこの地で休息をとったといわれており、その際旗竿を挿したらこの桜が芽吹いたという伝承が残っています。現在の旗桜は3代目といわれています。康安元年(1631年)、この地を治めていた佐竹義篤がこの地に大沢山瑞龍院を建立。境内の桜が大変見事だったことから「旌桜寺」と名付けようです江戸時代初期に水戸藩主 徳川光圀が祠堂を建設しそこには源頼義、義家親子の位牌があったといわれています。
説明版より 「康安元年(1631)、佐竹義篤が大沢山瑞龍院を建立したところ、境内の桜が大変見事であったので旌桜寺の名がついたと伝えられています。また源頼義・義家の位牌を納めた祠堂があり、徳川光圀が建立したといわれております。常陸太田市」
A secret forgotten temple, which has sakura and flowers, just not on my photos ;) I'll be back!
| 名前 |
旌桜寺(せいおうじ)跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
桜と彼岸花の季節だけおすすめします。