樹齢1000年の大楠が迎える静けさ。
白角折神社(櫛田三所大明神)の特徴
樹齢1000年の大楠が見守る、迫力満点の神社です。
日本武尊が立ち寄ったとされる歴史深い場所です。
木々に囲まれた静けさが漂う、凛とした空間があります。
鎮守の森。立派なクスノキが有り、癒されます。いつまでもこのままの姿でいて欲しい神社です。以下引用させて頂きました。基本情報名称白角折神社(おしとりじんじゃ)所在地神埼町 城原 朝日場所朝日地区の東、城原川西岸に位置する。日本武尊を祭神とし、貞観15年(873)に従五位下の神位に叙せられた古社で、櫛田宮・高志神社とともに櫛田三所大明神と称せられていました。城原川が谷より平野部に流れ出る水口を治める役割を持つ神社です。「白角折」の名称は、日本武尊が熊征伐の折にこの地より的に向かって矢を射たという伝説があり、白角折は幣作りのおしとり部と、的は弓作りのいくわ部に関係する地名と考えられています。詳細情報構造特徴・概要日本武尊を祭神とする。『三大実録』に、貞観15年(873)に従五位下の神位に叙せられたことが帰されており、県内屈指の古社である。神埼荘の櫛田宮・高志神社とともに櫛田三所大明神の1つである。社殿は、城原川が谷より平野部に流れ出る場所に位置しており、水口を治める役割を持つ神社と考えられる。社殿は、新しく再建されており、拝殿と神殿で構成されている。神殿には、貞和2年(1346)の銘があるクス財を用いた女神像と桐材の一木造の男神像が残されている。慶応2年(1866)6月の水害により社殿並びに神社に伝えられていた足利氏・少弐氏の文書も流失したと伝えられる。「白角折」の名称は、日本武尊が熊征伐の折にこの地より的に向かって矢を射たという伝説があり、白角折は幣作りのおしとり部と、的は弓作りのいくわ部に関係する地名と考えられている。江戸時代には、五社祭礼のひとつとして、能舞が模様されていた。明治44年に仁比山神社に合祀される。境内には、樹齢約1000年と推定される楠の巨木がある。現状現在、朝日地区で維持管理されている。祭・行事夏祭り祭神・宗派日本武尊。
白角折(おしとり)神社の一角にある楠、生命感がある幹、枝ぶりでした。佐賀には市内最古の神社である武雄神社のご神木の楠が樹齢3,000年だが、そちらはかなり涸れていました、それに比べてまだまだ立派です。あと2,000年経過するとそうなっていくのでしょうか?
ヤマトタケルがここから與止日女神社(旧河上神社)に居る熊襲頭領の河上タケルを討ちに行ったとされる拠点です今は仁比山神社に移されました🐈熊襲は熊本、宮崎、鹿児島に居たとイメージです。それは間違ってはなく配下はそこにいました頭領だけは佐賀県に居たという伝承が残っています。
7月下旬。とても立派なクスノキがいらっしゃいまして、びっくりしました!お賽銭は、現在できない状況のようです。駐車場はありません。
白角折(おしとり)神社の1枚推定樹齢1000年と言われる大楠(佐賀県天然記念物)があります大きく突き出すように曲がった幹は迫力があります。
車一台なんとか停めれます。
おしどりじんしゃと読みます。ご祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)です。創建は、西暦873年に従五位下に叙せられたとありますから、それより 古いと考えられます。佐賀櫛田宮、高志宮とともに櫛田三所大明神と称されます。白角折の名称は、日本武尊が熊襲征伐の折に白角折神社のから的に向かって矢を射たれたという伝説があります。境内には県の天然記念物に指定してある、樹齢千年の大楠が見られます。久留米には、白角折神社と書いてしらとりじんじやと読む神社がありますが、これも日本武尊を祀った神社です。
日曜日の11時半頃、探しながら車を走らせる。梅の花バイキングが目に入る、駐車場には車が一杯停まっている🚙(次回はここへ行きたいな)どうも通り過ぎてしまったみたい。引き返した。よく見ると田んぼの中に車がやっと通れる道を見つけゆっくり進む。大きなクスノキが見えて来た🌲車は鳥居の横に停めれた。社殿は小さい。境内は綺麗にされていた。お参りさせて貰った。白角折神社(オシトリ神社)絶対読めない😂佐賀県天然記念物の樹齢1000年のクスの木は圧巻で見事!!クスノキを一周してみると見る場所角度で龍が空に飛び立つようにも見える。凄い!このクスノキと神社がいつまでも保存されて貰いたいと思った。
樹齢1000年のくすの木は迫力があります。
| 名前 |
白角折神社(櫛田三所大明神) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0952-37-0107 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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立派なクスノキが出迎えてくれます。静かで綺麗に掃除されてる神社です。