歴史感じる吉田城跡地。
吉田城跡の特徴
本丸御殿は元和8年(1622年)に完成した歴史的建物です。
防御と監視の隅櫓、千貫櫓や鉄櫓が特徴の城跡です。
徳川家康の三河統一戦にゆかりのある重要な歴史的な場所です。
ウォーキング目的で行きました。浜松の人には割と近いですがあまり知られてない気がします。面積は浜松市の都田総合公園23.6haと同じくらいです。吉田城跡地は21.6haです。起伏はそれほどなくベビーカーでもいけると思います。場所によっては階段ありますが、のんびり木立の中を歩けるので日差しを避けて歩けました。お堀には大きな魚が多分鯉ですがたくさん泳いでいました。釣り人もいました。川につながったお堀ですから釣りはOKの様です。お昼は久しぶりの蕎麦屋東京庵で食べましたが、随分そばかふとくなったかんしですが、おいしく食べられました。
戦国時代に牧野氏により築城とある。三河支配の要所として各勢力により争奪戦が繰り広げられた。徳川支配下では東三河の旗頭を務めた酒井忠次が城代となった事で有名。江戸時代には三州吉田藩の藩庁となり、信頼の置ける譜代大名が治めた。明治時代の廃城令では跡地に陸軍が歩兵第十八連隊の屯営を置き、終戦後は豊橋公園として市民に開放された。城跡には本丸の櫓の一つである黒鉄櫓が模擬復元され、往時の姿を見る事が出来る。
いわゆる「豊橋公園」です。天守閣はありませんが、鉄櫓という建物があり、それなりにいい感じです。基本的には土塁ですが、天守閣周辺は石垣があります。石垣は野面積みです。石材はチャートが多いのですが、ところどころ見える白い石は大理石のように見えます。他には花崗岩や変成岩(種類は不明)です。近くにはポケモンのマンホールフタもありますので、それも楽しいですよ。
戦国時代から江戸時代にかけて、名だたる武将たちが争奪戦を繰り広げた重要な城郭の中心部。豊川を天然の堀として利用し、後ろ堅固な平城として設計されました。外周部は石垣で囲まれており、当時の城郭の壮大な規模と高度な技術を感じることができます。本丸の北西隅には、1954年に再建された鉄櫓があります。鉄櫓は天守の代わりとして機能し、内部には吉田城の歴史資料が展示されています。また、石垣には築城に関わった武士や石工の刻印が見られます。本丸の南側には冠木門跡があり、石垣で囲まれた土橋が特徴です。冠木門は本丸への正門であり、周囲には多数の石垣が積まれています。また、冠木門を渡ると南御多門跡があり、石垣で枡形門が形成されています。ここは吉田城で最も厳重な虎口となっていました。さらに、本丸の東側には裏御門跡があり、土橋と石垣で形成された枡形が特徴です。敵の侵入を防ぐための工夫が施されています。
吉田城は続日本百名城に認定されている。かつての吉田城は現在は豊橋公園として整備されているが、明治維新後は陸軍駐屯地となっていたこともあり改変が進み、城らしさを感じることができるのは本丸部分くらいである。遺構としては本丸周囲の石垣と堀程度しか残っていないが、1954年(昭和29年)に鉄櫓が模擬再建されている。吉田城は前身は戦国時代(16世紀初頭)に築かれた。江戸時代は三河吉田藩の藩庁となった。三河吉田藩(3〜8万石)は頻繁に藩主が入れ替わったが、譜代大名が藩主を務めた。幕末時藩主は松平氏。正直、あまり遺構は残っておらず見どころも少ないが、豊橋市の中心部にあり、日曜日にはけっこうな数の市民が訪れていた。
吉田城は戦国期の城としては有名だが、城跡は今ではあまり目立たない。しかし、本丸跡は、立派な石垣や堀が残っている。川の近くにある、豊橋公園の駐車場から歩いてすぐ。鉄櫓はコンクリートの復元で、人も少ないが、見る価値がある。
平日の16:00過ぎだったので、鉄櫓に入る事は出来なかったのですが、渋い感じの石垣・空堀が良かったです。石垣修復工事のタイミングだったので、鉄櫓の近くから、修復作業の様子が見えました。TVで見たように、石に番号が記入してあり、「細かな作業だなぁ」と感じました。本丸から見る豊川も良い感じでした。
豊橋公園にある吉田城 本丸跡地本丸は無くなっていますが城の遺構は残っており、石垣や説明碑を見て周るのが楽しいです。吉田城の前身は牧野古白によって1496年頃に築かれた今橋城です。その後、今橋の地名は吉田に改められました。武将たちによる激しい争奪戦が繰り広げられたのち、松平(徳川)家康は酒井忠次を城代に置きました。1590年豊臣秀吉の命令で家康が関東に移ると池田照政(輝政)が吉田城主となり、城域の拡張や城下町の整備を行いました。最盛期の吉田城は全国屈指の規模を誇り、歴代藩主には幕府の要職を務めるものが多くいたことから『出世城』とも呼ばれています。豊橋市hp参照石垣や土塁など多くの遺構が残っており、1954年に模擬復興された鉄櫓(くろがねやぐら)が吉田城の象徴としてかつての威容を誇っています。また城址の主要部分は2021年に豊橋市指定史跡となりました。
三河と遠州の中間にあり、戦国時代においては要所となる重要な城。徳川家康重臣酒井忠次が城主となり、家康関東移封後は池田輝政が城主となり、城の大改修と規模を拡大。この城がなければ姫路城はないと言える。
| 名前 |
吉田城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0532-51-2650 |
| 営業時間 |
[木金土日火水] 10:00~15:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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駐車場も見学も無料、空いていてオススメです!大きさや豪華さは無くても、公園(城内跡地)から散策して十分楽しめます! 歴史を知る事が出来る分かり易い展示でした。