謎の大砲でテンションUP!
桑名城 辰巳櫓跡の特徴
九華公園内に位置する歴史ある辰巳櫓跡で、訪れる価値があります。
大砲が置かれており、テンションが上がるユニークなスポットです。
辰巳櫓跡は、戊辰戦争にまつわる由来があり学びが深まります。
2026年3月2日 参城謎の大砲が良い!何故ここに在るかは不明らしいです…
桑名城の「辰巳櫓跡」は、本丸の南東角にあった三重櫓の跡地。元禄の大火で桑名城天守が焼失後は、桑名藩は財政が困窮していたため天守の再建できず、辰巳櫓が天守の代わりとして城のシンボルとなりました。戊辰戦争時に桑名藩は新政府軍に敗れ、降伏の印として辰巳櫓は新政府軍に焼き払われています。現在は土盛りだけが残り、その上に大砲が置かれていますが、その大砲の由来は不詳との事です。松の老木が何か言いたげです・・
桑名城辰巳櫓跡は、九華公園の中にある歴史スポットで、かつて桑名城の南東を守っていた櫓の跡です。現在は櫓や石垣は残っていませんが、跡地には復元された大砲が設置されており、当時の防衛の様子を想像することができます。周囲は堀に面していて、水辺の景色が美しく、散歩中に立ち寄る人も多い静かな場所です。春には桜が咲き、のんびりと写真を撮るのにもぴったり。九華公園の中でも比較的落ち着いた雰囲気で、歴史と自然の両方を感じられます。派手さはありませんが、桑名城の面影を静かに伝える印象的なスポットです。
天守閣の代替2024年2月中旬、桑名宿探訪の際に寄りました。説明板には————————————————————桑名城本丸の東南角にあり、三重櫓であった。元禄(げんろく)十四年(1701)天守閣が焼失し、再建されなかったので、以後はこの辰巳櫓が桑名城のシンボル的存在であった。このため、明治維新の時、降伏のしるしとして新政府軍に焼き払われた。現在大砲が置かれているが、由来等は不詳。—————————————————————とあり寄った時間が夕暮れであったためか、平和な雰囲気がありとても良かったです。
櫓の跡に置いてある大砲です。なぜ、ここに大砲が置いてあるのか由来が不詳とのこと。ミステリアスな場所です。
大砲があって謎にテンション上がる。
⭐️本丸の三隅に三層の櫓、戌亥櫓・神戸櫓・辰巳櫓を配置、壮観❗️辰巳櫓跡からの南側景観良好✨★1701年天守焼失、神戸櫓も宝暦5年(1755年)~明和9年(1772年)の間に消失、火災か地震か消失原因不明、天守は明治維新まで再建されず「辰巳櫓」が天守代用‼️その後「辰巳櫓」は幕末の戊辰戦争の際、新政府軍に桑名藩降伏の証として焼かれました🔥この時、京都所司代の藩主/松平定敬は鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍敗れ江戸に逃避、無血開城降伏は藩主不在時の出来事😵【一つの疑問】三層の櫓はもう一つ「戌亥櫓」はどうなったのでしょうか⁉️城跡に面影形跡なし、何の案内もない、古城絵図から推測すると稲荷神社の辺りが戌亥櫓跡🤔
いいですねぇ。大砲が置いてあるけどそれよりロケーションがいい。(2021_11_11)
三重県桑名市の九華公園内にある桑名城の辰巳櫓跡。桑名城の天守は1701年(元禄14年)に起きた大火で焼失し、以後は辰巳櫓が天守の代わりとして使用されました。 しかし旧幕府軍と明治政府軍が戦った戊辰戦争において、桑名藩が新政府軍に降伏した際、降伏の証として新政府軍に焼き払われることとなりました。 現在は辰巳櫓跡には大砲が置かれていますが、その由来などについてはよくわかりません。
| 名前 |
桑名城 辰巳櫓跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
辰巳櫓は本丸東南角にあった三重櫓である。江戸時代中期に天守が焼失し、以後再建されなかったので桑名城のシンボル的櫓となった。そのため幕末時に桑名藩降伏の証として新政府軍に焼き払われてしまった。