竹中半兵衛の空気、菩提山城跡で体感。
菩提山城跡の特徴
菩提山城跡ハイキングコースの分岐が明瞭で安心感がある。
大手道と山の神登山道の接続で多様なルートを楽しめる。
雄大な自然に囲まれた穏やかなハイキング環境が魅力的だ。
山城好きにはオススメの城跡です。竪堀、堀切、切岸、曲輪群の遺構が良好に残っています。雑木が伐採されているので見晴らしが良く、濃尾平野が一望できます。初心者向けの山とされていますが、約1時間の山登りなのでそれなりの準備が必要です。動きやすい服装、飲み物、歩きやすい靴はもちろん、虫よけスプレーやクマよけ鈴もあると安心です。
説明不要、半兵衛様と同じ空気を吸いたい。同じ景色をこの目で共有したい。だだ、それだけ。攻城、難敵でした。ハイキングコースとは、言われているが、中々の道のり。それでも、今年は、豊臣兄弟!のお陰か、菅田クンのお陰か、山を登る同志の多い事。これだけの人とすれ違うのも楽しみの1つ。麓の白山神社を目指して、車はしらせ、一瞬、この線路の向こう?と、訝しんだが、合っていた。菩提入口、ココから1350メートル。階段を、一歩進める。本格登山道入口で、ビー玉投入。いよいよ本番。先ずは、尾根筋分岐目指す。分岐まで出れば、後はひたすら、山頂へ。鉄塔まで来れば、山頂も見えあと少し、山頂行く前に、大手曲輪過ぎ、三の丸、出曲輪に寄り道。ココだけで、お腹いっぱいの遺構ゴリゴリ。お待ちかねの本曲輪は、直ぐそこに。虎口抜け、来たー!爽快景色、これが半兵衛さんも見た景色。風になびく旗指物も、壮観。ココの本曲輪もすごいね。二の曲輪と腰曲輪との繋がり。暫し、ぼーっと休憩。登って来る人、余り、本曲輪以外に、行かないのね。そんな感じ。まだ、遺構を楽しみたい。西の曲輪におり、水の手方面へ。一通り廻って、最後に、本曲輪の切岸を眺め、下山する。老若男女、すれ違い挨拶交わし、ほんと堪能出来た山城遺構。
関ヶ原の合戦場を支配した軍師竹中半兵衛と子の重門の城ですね。幕末まで旗本として所領を移動せずに安堵された稀有の家でもありました。竹中半兵衛陣屋跡のボランティアさんから、まちづくりセンターに置いてある地図をもらい菩提山上へ。キツイ山道を登ると突然開けて展望が最高です。城跡は堀が縦横に、曲輪と直立した盛り土が繰り返し現れ、複雑な山城だと実感。天守跡からは関ヶ原を一望でき、合戦時はまさにここから、全てが見られたでしょう。特等席ですね。関ヶ原から大垣、名古屋のビル群まで見られます。地図を見ると京へ向かう際の最も狭い通路の前に関ヶ原があり、関があるわけですが、その要所にこの城がありました。竹中重門が徳川についたことで、地の利を得て黒田長政が石田勢を奇襲することに成功したのかなと思います。たしか関ヶ原古戦場記念館で長政の動きを確認できたと思います。
10月13日 再挑戦菩提入口から登り、大手道方面から下山☑️駐車場から菩提入口まで徒歩1キロ山頂までの距離は短いが急な階段が多いためけっこうきつい☑️帰りは大手道の方が平坦なが場所が多いため、下りやすい。駐車場も近い☑️気温19度でしたが、軽くいい汗がかけました。台風の翌日、何の準備もせず入山。台風の影響かあちこちに倒木がありまた足元がかなりぬかるんでました💦入山者は当然わたし1人。はっきり言ってなめてました😓ハイキングコースとは言いながら急勾配の連続、落ち葉で見えなくなった道を進む感じ。途中で藪蚊、蜂、蜘蛛の無数の襲撃。1/3くらいで既に体力の限界を感じましたが、その後何とか気力だけで登り続けました。一介の農民が竹中半兵衛公に仕官を乞うためにひたすら頂上を目指す気持ちになりました。山頂まで残り510メートルまで行きましたが、熊出没注意の看板を見て怖くなり引き返しました😢帰り道で、バキバキ(木の折れる音)ガサガサと音がしたため転びながら駆け下りました😅山中はところどころに看板がある他は、恐らく当時のままの状態を味わえます。とても静かで虫の鳴き声が響き渡り当時にタイムスリップした気分に浸れます。☑️駐車場から先は自販機が無いためペットボトルなどの準備を☑️雨の翌日は滑りやすいため避けましょう、晴れた日に是非☑️クマが本当かどうか不明ですが、複数の人で登った方が良さそう☑️結構体力使います。水分補給はマメに(iPhoneのヘルスケアで確認したら、頂上まで行ってないのに41階の階段を昇ったとなってました💦)☑️ハイキングコースにはゴミは1つも落ちてませんでした。ゴミは持ち帰りましょう☑️携帯スマホの電波はつながります。
分岐がわかりやすいので安心して帰れる。
菩提山城跡ハイキングコースの大手道と山の神登山道の分岐点です。現在(21.7.25)山の神ルートは閉鎖されています。
2021.10.03 まだ閉鎖中です。
竹中半兵衛公の居城。曲輪は整備されていて、土塁や堀がよく観察できます。曲輪や堀切等の観察をされる方は縄張図を持参すると楽しいと思います。本曲輪、出曲輪からの眺望は、天気が良ければ金華山(岐阜城)や名古屋駅付近まで見渡せます。主に白山神社から(菩提ルート)、禅幢寺から(大手道ルート)の登山口がありますが、白山神社からのルートの方が階段が整備されており、登りやすいと思います。ルートにある山の神コースは土砂崩れなどで現在通れませんので、間違えて行かないようにしてください。
| 名前 |
菩提山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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岐阜県不破郡垂井町にある菩提山城跡は、まさに『竹中半兵衛』が本拠地としていた山城です。大河ドラマで描かれれたような『稲葉山城に似せて作った』というのは、ドラマの演出(創作)ですが、実際の史実でも半兵衛の本拠地であり続けました。(菩提山城と竹中半兵衛の史実)⦿菩提山城とはどのような城か?岐阜県垂井町の菩提山(標高402m)山頂に築かれた急峻な本格的山城。⦿竹中家の居城であり、半兵衛(重治)とその父・重元からの本拠地。⦿美濃国と近江国を結ぶ要衝にあり、関ヶ原方面を一望できる戦略的要地。(ドラマと本当の史実の違い)⦿稲葉山城の摸倣説:ドラマで描かれた『稲葉山城』攻略のために菩提山城を似せて作ったというは物語を盛り上げるためのドラマチックな創作です。⦿稲葉山城乗っ取りの実際半兵衛がわずか十数人で稲葉山城を奪ったのは事実ですが、これは日頃から城に出入りして隙を突いたクーデターであり、模型を使って研究したという記録はありません。⦿城のその後:半兵衛の死後、跡を継いだ竹中重門が平時の利便性や時代背景から山頂の山城を廃し、山麓に竹中氏陣屋跡(屋敷)を構えました。