赤くひび割れた石垣、歴史の証。
中御門跡の特徴
中御門跡は原爆で崩壊した歴史的な場所です。
火災によって赤く変色した石垣が印象的です。
昭和20年の原爆投下で焼失した櫓門の跡があります。
「中御門(なかごもん)」は、「二の丸」から「本丸」へと入るための正門で、門の周囲には「枡形(ますがた)」という四角い広場が設けられ、敵が直進できない構造になっていて、敵が二の丸を突破しても、この中御門で足止めされ、周囲の櫓から狙い撃ちされる仕組みです。中御門は江戸時代から戦前まで残っていましたが、1945年8月6日の原子爆弾投下により倒壊・焼失してしまい、石垣だけが残されています。現在残っている門跡の石垣を見ると、表面が赤茶色に変色していますが、これは原爆投下直後の猛烈な火災の熱(熱線)によって石が焼けた跡で、広島城が被爆したことを今に伝える貴重な遺構です。また、石垣の石材には、瀬戸内海の島々から運ばれた証として、当時から付着していたカキなどの貝殻の跡が見られることもあります。
二の丸から土橋を通り本丸の入口にあったのが中御門跡です。お堀に対し直角に構えられたいわゆる桝形的な構造になっていました。原爆投下により破壊されてしまい、焼けて赤茶けてひび割れた石垣が今も残っているところです。被曝前の門の写真が掲示されていますが、門は再建されていません。何だか悲しくなるような戦争遺構の一つですね。
原爆で櫓部分は吹き飛びました。石垣が変色しています。
表御門のような巨大な櫓門がここを守っていたが、昭和20年8月に広島が核攻撃を受けた際、火災により焼失してしまった…😢その火災で石垣が焼け、現在も赤くなっている様子が良くわかる。この門もいずれ木造復元してほしいものです🙏
赤くひび割れしているのは、原爆を受けたから。確かにボロボロです。
中御門は昭和まで残っていましたが、1945年の原爆で倒壊しました。今のところ復元されていません。石垣の一部が原爆の熱で赤く変色しています。
☆本丸の正門跡、昭和20年原爆投下により焼失灰燼に帰す前は、両袖を石垣の上に載せた西向き開きの大きな櫓門があった場所👀特質すべきは櫓台に残る「ひび割れた赤い石」、櫓門の火災と熱風による高温焼失痕、こんな生々しい焼け跡を見たこと無い、心痛む歴史の1ページ😢
原爆により中御門が崩壊しました。今でも原爆の影響で石垣がひび割れ赤くなっています。
広島城中御門は、昭和20年(1945)年原爆投下以前まで残っていましたが、門の両端の石垣が被爆時の火災の熱により赤く変色してひび割れています。その時、門は焼け落ちました。
| 名前 |
中御門跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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広島城の本丸へ入る正門です。虎口が広く格式を感じさせてくれる規模の門だと思います。原爆が投下されるまでは門の建物は存在していました。石垣には原爆の傷跡がいまだに消えないまま残っています。