聖如意輪観音の御朱印を。
大悲山霊光院(秋穂八十八箇所霊場 八十二番札所)の特徴
本尊は聖如意輪観音で、信仰を深める場所です。
正面柱に刻まれた毛利隆元公菩提の由来が魅力です。
御朱印を頂ける特別な経験ができます。
御本尊は、聖如意輪観音です。霊光院の正面柱に「毛利隆元公菩提所」とあります。お堂の中に、五重塔の模型があります。文政5年(1822年)防府天満宮境内に高さ日本一の五重塔を造ろうと萩藩が計画しましたが、財政難により建築途中で断念しました。その時、宮大工 松屋嘉右衛門が実物の1/20の大きさで作ったものが、この模型です。なお、この五重塔の土台は建築変更されて、防府天満宮境内の「春風楼」になっています。
第82番 名田島 大師堂本尊:聖如意輪観音現在は岩屋山地蔵院境内内。霊光院の正面柱に「∴毛利隆元公菩提所」とあり、霊光院の由来をいまに伝えている。大悲山霊光院は永祿年間(1558〜70) に毛利隆元公菩提所として芸州に創建された。その後、宝永年間(1704〜11) に山口の常栄寺境内に遷座され、更に嘉永6年(1853)11月、この地に遷座したが明治3年(1870)廃寺となった。これを昭和23年(1948)住僧澤根秀運が復興し真言宗寺院とした(「山口市史」)。四国霊場の本尊は千手観音。この札所堂内にある五重塔は、文政5年(1822)防府天満宮境内に建立する筈であった五重塔の用材で造られた20分の1の模型で、作者が霊光院に寄進した。天満宮の五重塔は天保の百姓一揆で実現しなかったが、その壮麗さがしのばれる。この五重塔は、山口市指定の重要文化財である。この札所は平成3年5月岩屋山地蔵院屋敷地に移された。
第82番 名田島 霊光院本尊:聖如意輪観音この札所の正面柱に「∴毛利隆元公菩提所」とあり、霊光院の由来をいまに伝えている。大悲山霊光院は永禄年間(1558~70)に毛利隆元公菩提所として芸州に創建された。その後、宝永年間(1704~11)に山口の常栄寺境内に遷座され、更に嘉永6年(1853)11月、この地に遷座したが明治3年(1870)廃寺となった。これを昭和23年(1948)住僧澤根秀運が復興し真言宗寺院とした(山口市史)。四国霊場の本尊は千手観音である。 この札所堂内にある五重塔は、文政5年(1822)防府天満宮境内に建立する筈であった五重塔の用材で造られた20分の1の模型で、天満宮の五重塔は天保の百姓一揆で実現しなかった。
御朱印が頂けます。
| 名前 |
大悲山霊光院(秋穂八十八箇所霊場 八十二番札所) |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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