由緒ある神社で歴史を感じる。
安浦神社の特徴
御祭神に活津彦根命を祀る由緒ある神社です。
安浦神社の近くには歴史を感じさせる築城基地があります。
かつて海辺に鎮座していた安楽倉大明神の歴史が息づいています。
R10を行橋市街に向かい基地を過ぎ右折し県道25に入り道なりに進むと左側に灌漑池がありその前で左折し地域道に入ると左側に神社は鎮座している。神社の由緒等は掲示してある。石灯籠、玉に乗る狛犬、第一鳥居から石段、石灯籠を過ぎ樹木林へ進むと村社安浦神社の社号標、石段を上り石灯籠群、坐する狛犬、2基の鳥居と石柱の間を進むと坐する狛犬となりさらに手水舎、標柱、玉に乗る狛犬、御社となる。御社は瓦葺屋根の平入の拝殿、幣殿、石の間、本殿の造りである。向拝には龍等の彫り物があり木鼻、縣鼻等には籠彫り等が施されている。本殿の先の石垣の上には十三神の社が鎮座している。多くの神社がそうであるように航海、豊漁等を祈願し祀られた地域神から合祀、勧請等により今の多くの神々の鎮座する神社の姿になったようだ。広い境内には多くの樹木が整然と植えらており多くの奉納品が置れている。
人の名前の、様な神社。
第二次世界大戦時、安浦神社の近くにある築城基地で、空襲がありました。安浦神社も空襲の被害に遭いました。その痕跡が、石灯籠や鳥居などに残っています。写真は機銃掃射の弾痕です。私が弾痕を確認できたのは、「村社 安浦神社」と刻まれた石塔の右上、鳥居、石灯籠です。神社の前に駐車できるスペースが3~4台分あります。
御祭神活津彦根命・天津彦根命・熊野楠日命元々は海辺に鎮座し安楽倉大明神として祀られていたそうだ。建久年間(1190~1199)にこの地遷座した。大東亜戦争時に築城海軍航空隊のあったこの付近には戦時の痕跡が多く残る。当社もそのひとつとなり当時の米軍による執拗なまでの機関掃射の傷痕を残すことでも有名である。訪れてみると鎮守の杜といった様相の古社である。近くには民家の煉瓦塀にも痕跡が残る。(来訪時にたまたま表に出ていた家主の方と少しお話をさせて頂いたが、全面道路を工事中の為塀はどうなるかわからないという事であった)
| 名前 |
安浦神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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大東亜戦争時代の機銃掃射の跡が残る歴史の古い由緒ある神社です。