貴船神社近くの美しい桜。
墨染桜の特徴
美しい亡霊が居そうな墨染桜の幻想的な雰囲気が魅力的です。
小さな花弁が魅惑を添える、独特の存在感があります。
墨染桜の優雅な姿は、心に残る素晴らしい景色を提供します。
東金市山田の貴船神社に行く途中にあります。駐車場がありませんが、ちょうど車一台が停められるスペースがあります。品種は姥彼岸で花は始め桃紅色で、しだいに紅白色となりそう。紅色の姥彼岸の名木は全国的にも数少ないのだそうです。伝説によると…西行法師が奈良の東大寺再建の勧進のため諸国を巡っていた時に杖にしてきた山城国深草の墨染桜の枝をさして、「深草の 野辺の桜木心あらば またこの里に墨染に咲け」と詠みました。やがてこの枝から芽が吹き、大きく成長し墨染桜になったと伝わります。車を停めた斜面に獣道のような細い道が作られています。靴底が滑らないスニーカーがオススメですね。
美しい亡霊が居そうな...
深草の野辺の桜木心あらば亦この里にすみそめに咲け 西行?令和6年3月中旬梅は咲いたか 桜はまだかいな平安時代前期の山城国紀伊郡深草(現 伏見区北部)の事、上野岑雄が太政大臣藤原基経の死を悼んで和歌(*)を詠んだ折、寺院の桜が薄墨色に咲きほこったという【墨染桜】。平安時代末期、西行法師は、この桜の枝を杖として遥々陸奥国へと向かう旅の途中、当地の地名が自らの故郷の地名と同じである事に感じ入り、持っていた山城国愛宕郡鞍馬の貴舩大明神の分霊をここに奉祀し、傍らに手にしていた墨染桜の枝の杖を挿し立てたという。それはやがて立派な墨染桜となった、という伝説である。同時代の人物源頼朝は、房総半島での行軍中、所々で食事を摂った時に使用した箸を地面に挿し大樹となった伝説が多いが、当時の人々は植物学的?にそのような単純で簡易的な認識だったのだろうか(挿し木の成功率)。さて、京都から持ち続け、杖として使用し続けてきた墨染桜の枝をこの地に挿し立ててしまった西行法師(この時恐らく御年六十八歳)。まだ遥に遠い陸奥への旅の歩みを支える杖はその後どうしたのだろうか。(所詮は伝説。)
小さな花弁です。かわいい。
いいですね。東方の聖地がこんな所に!幽々子様に会えそう。
東金市山田の貴船神社近くで、通沿いの高台にある桜です。「墨染桜」と標された看板はありますが、駐車場はありません。品種は姥彼岸という、他ではあまり観られない桜だそうです。車の往来は少なく穴場的なスポットです。
| 名前 |
墨染桜 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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93歳のおばあさんに聞いて見に行きました。昔は小学校のピクニックでも使うほど地元に愛された場所だったそうです。墨染というほど黒っぽくはなかったけれど、戦争時代を生き抜いた人達の愛した場所を訪れる事が出来て、歴史を感じる事が出来ました。いつまでもこの場所に桜が咲いていて欲しいです。