放生会発祥の神社、八幡宇佐宮へ。
和間神社の特徴
放生会発祥の神社で、歴史ある祈りの場です。
豊比賣社の銅鏡鋳造の伝承が残る特別な場所です。
散歩の休憩に最適なトイレも完備されています。
宇佐神宮のもと仮宮。720年に九州南部の先住の豪族である隼人が奈良県の天皇政権にる圧政に反乱した。天皇軍はここで操り人形芝居を興行し、見物に集まった隼人たちを騙し討ちにした。その後、川に巻貝が多量発生し、討伐された隼人の怨霊と噂された。その罪を贖うためにはじめられた仏教式の放生会祭事で有名。放生会は、明治以降に仲秋祭(旧暦9/15)と改められ、今でも宇佐神宮の大祭のひとつとして斎行されている。初日には、八幡大神は神輿に乗り大行列をともない、上宮から8km先の浮殿まで移される。翌日、本殿で神職や僧侶がお清めを行った後、隼人の御霊が成り変わったと伝えられる蜷や蛤が神職の手により河中に放たれる。浮殿は広い境内を持つ大きな神社だった。室町時代には豊前の守護となった大内盛見によって、また江戸時代前期には豊前国中津の藩主となった細川忠興の力で浮殿は再興された。
🐈野良行脚シリーズ🐈散歩中発祥地にて祈りついでトイレお借りす。
放生会発祥の神社。やはり宇佐神宮との関係も有り、もっと注目されても良い場所だと思う。
昔、八幡宇佐宮の放生会は1.鷹羽(田川)香春の採銅所に坐す豐比賣社(古宮八幡宮)清祀殿にて銅鏡を鋳造。神鏡を奉じた神官、官幣を奉じた勅使が京都郡の豐日別宮に立ち寄る。2.凶首塚・百躰社で隼人供養儀式。上毛郡の古表神社、下毛郡の古要神社から、傀儡使い。八幡宇佐宮から神輿が合流。3.和間浜の浮殿(和間神社)で鎮魂法要、神鏡奉納。4.翌日、潮が満ちてくると、放生陀羅尼が誦され、傀儡舞や伎楽などが奏舞されるなか、蜷貝が海中に放たれる。と、大規模なものであったという。宇佐宮の行事であるのに、舞台は和間浜の浮殿(和間神社)になっている。その浮殿が、当社である。今では宇佐神宮と同じく宗像三女神を祀るが、もとは豐日別を祀ったものではあるまいか。大友宗麟により焼け出された宇佐の神官は、到津八幡宮に身を寄せた。その到津八幡宮に祀り、今の宇佐神宮に見当たらない神が豐日別である。英彦山高住神社に祀る、豐國の國魂ともされる豐日別を、英彦山との関係が深い八幡宇佐宮に祀らない方が不自然で、どこか別の場所に祀るのではと考えていた。和間浜の浮殿という存在を知ってみれば、これしかない。
| 名前 |
和間神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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県道23号線を中津より豊後高田市方面に向かう道沿いにたたずんでいます。