猿の群れと城跡散策。
粟野城跡の特徴
駐車場から忠霊塔を経由して散策できる場所です。
五重の塔が存在し、歴史を感じることができます。
城山公園には滑り台があり、家族で楽しめます。
駐車場で20匹ぐらいの猿の群れに出会いました。人馴れしていてあまり警戒はしてないようなのですが、いつ襲われるかもしれないので、子供連れの方はご注意下さい。
5重の塔とは?私的には散歩の延長線でした、花は咲き、もう少し早く来れば綺麗だったと思いました。
駐車場から忠霊塔を経由して登って行くと、U字型の谷あいに郭を造っていたようです。本丸までは10分くらい、経路は結構ガレてて、ちょっと歩きづらいです。本丸と直ぐ下の郭は三日月型で、本丸より高い所に物見や狼煙台を設けてます。U字型の尾根は所々堀切があり、右手の尾根には女二城があり塔があります。正面から攻めにくく、尾根づたいや背後からも回り込みづらい、中々堅固な城に見えます。
散策路の整備工事中。各所に郭、堀、土塁、等が有る。山頂からの眺望良し。指標は 有りますが、若干分かりにくい。
城山公園の滑り台には息子何度か遊びに来ました。ここまで登ったのは初めて。もう少し登ればまた違った景色が望めそうですが体力の限界。
駐車場、トイレあり。山城。石垣、井戸、本丸等の表示もある。猪が掘った穴が無数にあり、檻型の罠が仕掛けられていた。まさか昼間は出ないと思うが、少しドキドキした。いつ頃のどなたの城かについては勉強不足、すみません。
| 名前 |
粟野城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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鹿沼市口粟野にある粟野城跡は、思川と粟野川の合流地点に突き出た標高約257メートルの山に築かれた山城の跡地です。築城年代には諸説ありますが、南北朝時代には佐野氏の家臣である平野氏が居城とし、その後、皆川氏との間で争奪戦が繰り広げられました。天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原攻めの際に皆川城と共に落城し、廃城になったと伝えられています。現在、城跡は「城山公園」として整備されており、土塁や堀切などの城郭の遺構を今でも見ることができます。また、この公園はツツジの名所としても知られ、春には多くの花が咲き誇り、多くの人々で賑わいます。歴史的な史跡としてだけでなく、市民の憩いの場としても親しまれています。