歴史の足跡をたどる、三里塚探訪。
三里塚の特徴
昭和天皇も訪れた由緒ある地で、歴史を感じることができる。
平岡南公園の南側に位置し、アクセスも便利な立地。
パネル板の解説があり、学びの場としても最適な記念碑。
平岡南公園の南側に パネル板の解説付きで残る。胆振東部地震後、里塚地区は 住宅街が家屋倒壊、三里川も土手が崩れるなど大被害が出た。国道36号線の造成時 丘の切り崩しと 谷間の盛り土。原因と災害ハザードmapの見事な一致。完成時は、こんな被害をもたらす事になるとは 夢にも思わなかっただろう。古地図の起点に「三里塚の碑」を置く。埋め立てられ姿を消した二里川、三里川の河岸段丘の盛り土などが 浮かび上がる。hazardmapが 東北大震災の三月に 配布され、今一度現在の住宅街は 以前どんな地域性だったのか 見直す機会だ。
三里塚は創成橋から12㎞地点。
昭和天皇も昔、来札する際この旧国道を通られた。清田の行啓通。
かつて創成橋を基点にした室蘭街道(現在の36号線)に1里毎に標石や塚が設けられました。それらの標石や塚は現存してはいませんが、3里目にあったという三里塚を記念して三里塚小学校や地元の有志らの手により当地に三里塚の碑が建てられました。三里塚に関する歴史や考察、この碑が建てられた経緯などは、三里塚小学校のホームページにて掲載されています。
| 名前 |
三里塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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三里塚明治十四年の明治天皇北海道倒巡幸に先立ち、明治十三年、札幌から室蘭まで三十四里を測量し、一里ごとに標柱(六丁角、長さ六尺の、白ペンキ地の角材に何里塚と表記)が設置されたと伝えられております。(標柱の表記は「三里標」であったという説もあります)創成橋のたもとを基点として、「一里塚」(国道三十六号線望月寒川付近)、「二里塚」(国道三十六号線 農業試験場入り口付近)に続き、「三里塚」までが札幌市内に、そして、「四里塚」は北広島市の大曲付近に設置されたのです。「三里塚」は当時を知る方々の証言や記録などによれば、現在の三里塚小学校や三里塚神社の位置からはかなり西寄りとありますが、旧国道三十六号が平岡三号線と交わる交差点付近(現在地より旧国道三十六号に沿って約七百メートル西寄り)に設置されたと言われております。これらの標柱は現存せず、「三里塚」も昭和二十年代にな姿を消してしまったようです。また、「里塚」という地名は、昭和十九年の字名改称により「三里塚」の「三」の字を削って改称したもので、以来半世紀が過ぎました。この度、三里塚小学校が百年を迎えたことを記念し、校名の由来となっている「三里塚」を、三里塚小学校、同校百周年記念事業協賛会、同校PTA、里塚・美しが丘地区町内会連合会、里塚ふれあいクラブ、清田区等が協力し、ここに復興いたしました。平成十六年十月三里塚小学校三里塚小学校百周年記念事業協賛会。