戦時中の奇跡、コンクリート船に触れる。
武智丸(第一武智丸·第二武智丸)の特徴
日本で数隻しか存在しないコンクリート船、武智丸の歴史的価値を感じられます。
戦時中の鋼材不足を背景に造られた、貴重な軍事遺産でもあります。
安浦港の防波堤として現役で活躍しており、見学も可能なスポットです。
たまたまちょっと近くに行く用事があり、そういえばコンクリート船があったはずと思って寄ってみました。ドローンを持っていて良かった。満潮近くになりかけていて手前側の船は上から見るとかなり沈下している感じですが防波堤の役には立っているようです。上空から見ると生簀のように補修して使っているみたいで、横には通路みたいなのが作られているようです。すでに80年ぐらい経っているはずですがまだまだしっかりしてそうでした。当時はかなり気合いを入れて作っていたのだと思われます。今は立ち入り禁止なので、イベントなどで近くに入れてもらえるとうれしいですね。
昭和19年頃に高砂の造船所にて製造されたコンクリート製の船😙立派に堤防として活躍船長64㍍ 船幅10㍍
防波堤をよく見ると、船の形をしているのがわかるかと思います。太平洋戦争末期、造船用鋼材不足を補うために造られた、鉄筋コンクリート製の武智丸型貨物船3隻のうちの2隻が防波堤として残っているものです。戦後まもない当時、防波堤のなかった三津口湾では、台風により度々被害を受けていたことから、地元の安浦漁協が政府に陳情、払い下げが認められた、「第一武智丸」「第二武智丸」を、係留されていた大阪と呉からここまで曳航し、海に沈めて防波堤としました。
立ち入り禁止で南京錠止めなのです。でも、写真取り易い位置なので良いかな?老朽化は否めない!移り変わる時代を記憶に残したいって自己満足の到達点、チョッと見付けにくい⁉️が、解りやすい場所でもある!のです。でも、次回は自転車と撮影になるね、きっと!?ね。山口県民ですけどね♪やっぱ、自転車ね!
以前見に行きました。第二次大戦時に建造されたコンクリート船を漁港の防波堤に改造したものです。既に立ち入り禁止になっており船部分には行きませんでした。2024年に船体の一部が崩れてきている事から存続が危ぶまれています。漁港では新鮮な牡蠣(季節による)を販売しており持ち帰りも焼き牡蠣など食事もできます。車は漁港の駐車場が使えます。駅から歩いても20分位です。呉線の電車からでも一瞬ですが見る事ができます。
第二次世界大戦中に建造されたコンクリート船の『武智丸』。その武智丸、現在は安浦漁港に沈設され、「水の守り神武智丸」として、その姿を見ることができます。歴史を知るまでは、ただの突堤だと思っていましたが…。よく見ると、コンクリート船の原形を留めていることがわかるのでは。このように原形を留めているのは、全国的にも貴重とのことです。第二次世界大戦の生き証人である『武智丸』。戦争という過ちが繰り返されませんように。
直接このコンクリート船には行けませんが、離れた場所からでもしっかりみることはできます😁
見ごたえは・・どうだろう?手すりもあったし整備されてそうです。
フェンスがあり、鎖錠されてて、船内には立入る事が出来ませんでした。コンクリート船付近にまだシーズンオフで開いていない牡蠣の販売店が数店舗ありました。
| 名前 |
武智丸(第一武智丸·第二武智丸) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.yasuura-yumekobo.com/know/knowdata/iseki/iseki001.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒737-2502 広島県呉市安浦町三津口2丁目1−2329 |
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戦時中、鉄不足のためにコンクリートで建造された大日本帝国海軍所属の輸送船。「ほんとに大丈夫なの?」という周囲の心配をよそに、船長は静かで乗り心地がいいと評価し、金属製ではないので当時の米軍の磁気感応型の機雷にも強く、衝突事故に弱いと言われながら実際に衝突すると相手の方が沈没したなど、終戦まで地味に活躍し続けたようです。戦後、防波堤がなく何度も台風被害を受けていたここ三津口湾に防波堤建設の陳情が出されましたが、地盤が悪く工事が難しいとなった時に、「武智丸を使ってはどうか?鉄筋コンクリート製だし」という代案が採用され、今に至っているとのことでした。コンクリート製の船があるなんて知りませんでしたし、武智丸の辿ってきた歩みも面白く、いいもの見せてもらいました。