野間神社で神威霊験を体感!
野間神社の特徴
縁起の良い初詣には、今治市の野間神社が最適です。
鎌倉時代の重要文化財、宝筺印塔が魅力を引き立てます。
御祭神の飽速玉命を祀る歴史深い神社として有名です。
継ぎ獅子四国の伝統がここにあるシン日本風土記(笑)
駐車場に戸惑いましたが、気持ちのいい場所でした!
⛩️神社由緒(愛媛県神社庁より)古来より神威霊験赫々、神社で延喜式内明神大社である。代々の河野家の崇敬が厚く、松山藩の雨乞いの祈願所であった。天平神護2年(766)に従五位下神戸二烟を充てられてから累進を重ね、天慶2年には正二位に上らせられた。又、野間総社であり、悪病除け、開運の神として信仰が厚い。
地区の神社で平日に行ったので、参拝者も居なくなんか寂れた感じがしました。御朱印も鳥居の手前の民家に頂きに行きましたが参拝年月日も書かずに渡されました。ちなみに初穂料は300円でした。
神社といえばここ‼️
初詣に行きました。継ぎ獅子で有名な神社さんです。神様が今年一年無事にお過ごしなさるよう祈念してきました。
大きな神社の筈ですが、チョイと寂れ感。寂しいですね。もっともっとお参りする方が増えて欲しい。
境内は綺麗に整備清掃されていましたが、御朱印の対応はありませんでした。拝殿の中に綺麗なお神輿が保管されていました。
式内社 伊豫國野間郡 野間神社 名神大御祭神:飽速玉命 若彌尾命 須佐之男命 野間姫命 飽速玉命は安芸国二宮である速谷神社の御祭神と同じで、阿岐の国造の祖とされる。若弥尾命はその三世の孫で、怒麻(野間)の国造の祖。野間姫命は若弥尾命の妻とされる。三代実録には「野間天皇神」とあり、主祭神を須佐之男命(牛頭天王)とする説もあるが、『野間神社誌』では飽速玉命・若弥尾命・野間姫命を主祭神とし、須佐之男命は配祀であろうとし、神功皇后の御代、怒麻国造となった若弥尾命が、その祖・飽速玉命を奉斎したことに始まると考えられている。 社伝によれば、大宝元年(701)に社殿が造営された。承和4年(837)には大山祇神社とともに南海道で初めての名神に預かる。 当社の後方500mの山中に「石神さん」と呼ばれる巨岩があり、当社の奥の院とされているらしい。須佐之男命が、楠の船に乗って当地に来たとき、その船が化石になったのだという。
| 名前 |
野間神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0898-23-2587 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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野間神社(のまじんじゃ)。愛媛県今治市神宮(かんのみや)。式内社(名神大)、旧県社。主祭神:飽速玉命、若弥尾命、須佐之男命、野間姫命。飽速玉命は速谷神社の祭神で、阿岐国造の祖。若弥尾命はその三世の孫で、怒麻国造(令制国の伊予国北部)の祖。野間姫命は若弥尾命の妻とされる。資料によると、創建については不詳だが、怒麻国造となった若弥尾命が、その祖・飽速玉命を奉斎したことに始まると考えられている。『国造本紀』では、若弥尾命が怒麻国造に定められたのは神功皇后の御代とされる。神社の後方500mの山中に巨岩があり、石神(いしがみ)さんと呼称されて奥の院ともされる。本殿の後方に、国指定重要文化財の宝筐印塔がある。続日本紀等には「野間神」、三代実録には「野間天皇神」、延喜式神名帳には「野間神社」とある。野間には乃万・濃満・濃万などの字を当てることもあったが、これは野間郡(国造本紀の怒麻国)に由来する。建長田文には「乃万宮」、国分寺勧請神名帳には「正一位 濃満天皇神」とある。「大梵天王宮」「乃万社大梵天王宮」等という例もある。とあります。