原城ゆかりの歴史探訪を!
有馬豊氏仕寄跡の特徴
各大名に割り振られた攻撃持ち場を感じられる歴史があります。
島原の乱の際の重要な攻防拠点があったという特徴があります。
原城の戦で幕府軍が布陣した跡に位置する歴史的な場所です。
島原の乱の際、原城攻撃の持ち場は各大名に割り振られていました。筑後北半21万石の有馬家は、この二ノ丸の出丸横の小谷が仕寄場。谷の前面には湿地が広がるため、事前に切り出した竹を敷き詰めるなどの準備を進めていました。しかし湿地帯を抜けたとして、出丸の坂を登る間に、城内からの横矢を受け続けねばなりません💦寛永15年(1638)の元日総攻撃では、討死118名、手負い857名。2度目の総攻撃、2月27・28日では、討死55名、手負185名を数える大被害を受けています。
| 名前 |
有馬豊氏仕寄跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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