蒲田の歴史ある薭田神社。
薭田神社の特徴
東京都大田区の薭田神社は、清々しい雰囲気が魅力的です。
延喜式内論社の小社で、由緒ある歴史を感じる神社です。
親しまれている狛犬が印象的で、広々とした境内で落ち着けます。
蒲田を中心に羽田神社(穴守稲荷は2年前参詣)からお詣りした。六郷神社,蒲田八幡神社と訪れた。蒲田八幡神社の元宮が薭田神社と知り、呑川を渡りお詣りした。紅白の梅が満開で彩り、心地良い時間を過ごさせて頂きました。
京急蒲田から少し歩いた、住宅地の中にある神社。近所の人らしい参拝客がおり、地元からの人気が伺えます。境内は意外と広く、静かで雰囲気よかったです。
御祭神は誉田別命、天照大神、武内宿禰命、荒木田襲津彦命式内小社、旧郷社歴史ある神社に参拝できました。晴れ晴れとしていました。
2024.9.21 PM12:45 ⭕️御朱印あり稗田(ひえだ)神社。京急蒲田駅か蒲田駅が最寄駅になり、各駅徒歩10分くらいでいくことができます。住宅街の中にある神社です。こちらは少し駅や大通りから外れているせいか参拝客はおらず、少し寂しい印象がある神社ですね。社務所は本殿左側にありますが、人の気配はありませんでした。また、御朱印に関してはこちらでは授与しておらず、近隣の蒲田神社でのみいただくことができます。書き置きのみで300円にて授与いただけます。
⭕初詣、被災地復興のお祈りなどこういう場所は余り行かないですが神聖な場所なので心が洗われる感じがします。
御朱印が頂ける神社。御朱印は蒲田八幡神社にて書置のものが頂ける。境内は広く、とても良く整備されており、気持ちよく参拝出来た。式内社であり歴史もあるようだ。
薭田(ひえだ)神社。平安時代の延喜式の神明帳に記載されているそうだ。平安時代からかー。狛犬さん達の顔が、犬じゃないような。獅子?…かな。
東京都大田区蒲田に鎮座する延喜式内論社・薭田神社の書き置き御朱印を参拝し授与頂きました。社伝によれば、飛鳥時代の709年(和銅2)に行基菩薩が天照大神・八幡・春日の御神体を製作し奉斎した後、1282年(弘安5)に日蓮宗宗祖の日蓮聖人が、後に池上本門寺となる池上宗仲邸に滞在している時に訪れた村民の要請を受け三神像を開眼したそうです。しかしこの三柱の神像が祀られてきたのは事実とは別に、社伝自体は創作とのこと。当地は、垂仁天皇の御代に集落ができるとともに霊地又は斎場とされ、既になんらかの神が祀られる場として成立していたとみられている。この薭田神社と見られる神社が史実に登場するのは、平安時代に編纂された歴史書「日本三代実録」で、「貞観六年八月十四日戊辰、詔して武蔵国従五位下蒲田神を以て官社に列す」とあり、これが薭田神社とみられている。この後、延喜式神名帳において武蔵国荏原郡並小二座のうち一社が薭田神社(もうひとつは大森海岸駅が最寄りの、御朱印で有名な磐井神社)であると記載されている。しかし、この「薭田」というのは誤写もしくは当て字であり、前述の日本三代実録や、この頃既に地名の蒲田が成立していたことを示す史料等から「蒲田神社」が正しい社号だったというのが各研究での通説であるとのこと。延喜式神名帳に記された荏原郡薭田神社については、その所在が不明確となっており、後に別当であった榮林寺の僧が当地の歴史等から推測し当社を薭田神社として神祇管領に申請、受理され社号が成立したそうです。なのでこの薭田神社の論社となっている神社は他にも御田八幡神社、鵜ノ木八幡神社、久が原東部八幡神社、六郷神社等あります。御朱印は本務社である京急蒲田駅すぐの蒲田八幡神社で授与頂けますが、そもそも蒲田八幡神社はこちらの春日の像一体を、平安時代か鎌倉時代初期、または慶長年間に分かちお祀りしたのが始りなので、現在は本務社と兼務社が逆転しているような形になってます。ちなみに蒲田八幡神社では本務社は直書き、兼務社は書き置きでのご対応となっていました。最寄り駅は京急本線の京急蒲田駅となります。
ヒエダ神社というので日枝、山王系かと思いましたが違うようで、元々は蒲田神社だったようですね。平安時代にはそれらしき神社が既に記録されています。
| 名前 |
薭田神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3735-1786 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
〒144-0052 東京都大田区蒲田3丁目2−10 稗田神社 |
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JR蒲田駅から歩いて10分ほど。住宅地の中にありますが空が広くてとても気持ちが良い神社です。