美しい石垣と水堀を散策。
萩城跡の特徴
萩城跡は長州藩の歴史を感じるスポットです。
美しい花崗岩の石垣が魅力的で、芸術的です。
自然に囲まれた広大な環境で散策も楽しめます。
中国地方の覇者 毛利元就公の孫 毛利輝元公が関ヶ原の戦いで西軍総大将になり敗戦した為、領土を大幅に減封され、こちらの方に来ました。萩に移封され、縮小されたとはいえ、城跡の石垣から壮大だったことが伺えます。
山海に囲まれて道は整備され、散歩やジョギングにもおすすめ出来ますね。とにかく綺麗です。しばらくベンチで日向ぼっこしてました空気もおいしいです。入場料も安いし気軽に来れる場所だと思います。
とても美しい山海にかこまれた城址。朝一訪れてみました。快晴の空の元、清々しい気持ちになれました。比較的最近までお城はあったのですね。その姿を想像しながら見学しました。以下碑文:萩城天守萩城は、関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元が防長二州・三十六万石の居城として慶長9年(1604)に起工し、同13年(1608)に完工した。白亜五層の天守は、高さ8間(14.4m)。初層平面規模は東西11間(19.8m)、南北9間(16.2m)、最上層は東西3間半(6.3m)、南北3間(5.4m)である。初層は石垣全面にわたって半分を張り出し、俯射装置(石落し)とした。明治7年(1874)に解体されるまでの270年間 天守は、毛利氏13代にわたる萩城の象徴として偉容を誇っていた。
平日の早朝はジョギングしてる人が数名いる程度で空いていました。城趾ですがほとんど森なので、虫が苦手な人は夏に行かないほうがいいでしょう。もう少し樹木を整理して、せっかくの城壁や石垣を見やすくしてもいいのになと。
入り口にお土産屋さんがあり、城跡の駐車場にもなっています。お城は毛利元就の孫に当たる毛利輝元が建城したそうです。明治に解体されたそうですが、城跡が指月公園となっており、JAF会員なら120円で入場できます。園内は綺麗に整備されていて、時計回りに天守閣跡からお堀の眺め、庭園、最後は展望台から海に降りることが出来ます。一周1キロぐらいかな。コンパクトで段差も天守閣跡以外は殆ど無いので、犬の散歩にも良いかもしれません。お勧めです。
1604年に毛利輝元によって築城された、別名指月城と呼ばれるお城です。指月城って名前がロマンチックだなと思ってましたが、指月山の麓に建てられたからだと知りました。入場料が220円と安くビックリしました。保存の為だったりアピールの為に使って貰って、もう少し高くしても良いのでは?と思う美しい城趾です。でも、小学生だけで見に来てた「博士ちゃん」的な子供達がいたので、安いままでも良いのかな…受付の所で御城印も100名城スタンプも頂けます。桜の時期は過ぎてましたが、次回は是非!と思えるくらい桜の木が沢山でした。城内にある志都岐山神社は石段の中央が沈んでいて、歴史を感じました。但し、老朽化という事もありますので気を付けてください。個人的には、お堀が入り組んでいたのが萌えました。猫もいます。可愛いです。
城下町もすっ飛ばしてロードバイクを漕いで正解でした。城内も自転車オッケー👌なようレンタル自転車もよく見かけました。広い敷地内もスイスイ見回れたので良かったです。余力のある方は見守台(指月山)まで登るべし!
見事に城址のみです。天守はもちろん櫓もありません。建造物は茶屋くらいのものでしょうか。場内は清掃管理されていないようで、雑草と落ち葉だらけでした。茶屋や土塀なども、かなり傷んでいます。東園牡丹園も池を含めて朽ちています。明治時代の天守の写真がありましたので、余計に寂しさを感じてしまいます。ただ、海岸に面した石垣は見事です。日本では、とても珍しい風景と思います。11月16日この時は、入場料を徴収していませんでした。
長州藩36万9千石(築城当時は29万8千石)の250年に亘る居城跡で、国の史跡に指定されています。約20年振りの訪問でしたが、特に外回りが以前よりも整備されていました。広い城内には多くの観光客がいらっしゃいましたが、詰丸のある指月山に登る方は2人しか見かけませんでした。
| 名前 |
萩城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0838-25-1750 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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敷地内は広いですが、きれいに手入れされており、気持ちよく歩けます。犬の散歩をされている方が結構いらっしゃいました。