旧芸北町の思い出を胸に。
北広島町 芸北支所の特徴
役場としてのシンプルな存在感を持っています。
地域のためにお世話になっている実感があります。
様々な手続きをサポートする重要な施設です。
役場ですので何もないです。
家内の故郷、旧・芸北町にお盆のお墓参りに行きました。帰り道、北広島町芸北支所、その周辺に立ち寄りました。旧・芸北町役場の庁舎は、1978年(昭和53年)10月に竣工式が行われています(芸北町のあゆみ参照)。40年近くの昔、芸北町のことを良く知らないままドライブに出掛けていた私は、なんと立派な役場なんだろうか、と思っていました。当時の私は、地方財政の話題を他人事(ひとごと)として見落としていました。過疎対策法のことを何も知らなかったのです。その後、芸北町は2005年(平成17年)2月1日〜大朝町・千代田町・豊平町と新設合併し、北広島町が発足。同日芸北町廃止されました。1991年(平成3年)12月7日に「浜田自動車道」が全線開通。旧・芸北町役場前を通っていた石見交通のバスが2011年3月31日をもって路線廃止されています。家内が芸北町に帰省するときに乗っていたバスです。役場前で降りて、迎えに来てもらっていたと言っていました。40数年前の芸北町役場周辺の輝きは取り戻せるのでしょうか。などと、思うと、自分の老いとともに、もの悲しくなってしまいました。だから、また訪ねようと思います。役場(現在は支所)周辺を歩き、写真に撮り、想い出を語り合い、私たちの夫婦の心の中だけでも、芸北町の輝きを記録に残していたいと思います。
お世話になりました。
| 名前 |
北広島町 芸北支所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0826-35-0111 |
| 営業時間 |
[金月火水木] 8:30~17:15 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒731-2323 広島県山県郡北広島町川小田10075番地5 |
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かつてスキーで殷賑をきわめた旧芸北町の役場。いまは北広島町の支所に。北広島町はいわゆる平成の大合併で千代田、豊平、大朝、芸北の4町が対等合併して誕生した自治体。一番の「都会」である千代田町は国重文指定の平安仏や民俗風習「壬生の花田植」が有名。大朝町には伝統校の新庄学園や国重文指定の社殿を備えた古社、蕎麦畑が集まる豊平町はかつて、伝説の「蕎麦打ち名人」のお店があり、そのうまさは音にきこえました。さて、芸北町自体の話を一寸。この町自体も昭和の大合併で誕生しました。もともとは中野村、美和村、八幡村、雄鹿原村という村制が敷かれていた。その各村にしても明治以前は……、きりがないから沿革についての記述はここらで筆をおく。芸北は安芸と石見の境にあり、昔は国境特有の領土争いもあったと聞く。古代以前の考古学的遺跡や遺構は目だったものがないが、民俗学上、自然科学上、非常におもしろい地域であります。巨大な古桜の木の見事や、田に放牧されている黒毛和牛が草を食むのどけし風景は、観る者を歓喜と落涙に誘います。夏に訪れると、リンゴが実り、各家の石州瓦が紺碧の夏空に映え、ときにはブッポウソウやアカショウビンが舞う。カエルも元気。一方、冬に訪ねると、除雪が必要な場合もある寒村の装いとなる。出身者でもなんでもないけれども、故郷という土地を持たない当方にとって、「懐かしの国」なのです。住民はもの静かなかたがたが多く、必要以上のことを口になさらない。そんな芸北をめざす道みちに、かつては某国会議員のポスターが貼られていて閉口していたが、この議員もいまは離職。ポスターもなくなったようです。そのかわりに、いまは、よく知らない店と関係者を紹介する看板が林立しています。商いは人の自由ではありますが、率直に申し上げて、地域の素晴らしい景観におそろしく似つかわしくないなあと思う次第であります。