歴史と共存する尾長鳥の神社。
浪打八幡宮の特徴
瀬戸内海を臨む歴史ある浪打八幡宮は創建604年の由緒ある神社です。
尾長鶏が放し飼いされ、自然との共生を感じる神社です。
河内源氏の細川家由来の神社で香川三大大社の一つに数えられます。
鶏がいました。たまたまですが途中まで鶏に案内してもらいながら階段を登りました。可愛かったです!御朱印もいただきました。
20260504 初見トリがいます。
初詣で訪問いたしました。掃除が行き届いており、神社に訪れたという特別感が得られます。裏からであれば車で神社のすく近くまで登れますが、坂がきつく、車体底を激しくこすります。
道中気になり寄らせていただきました。
立派な神社でした。階段も雰囲気があって、本当に立派!!立派な鶏もたくさんいました。チャックついた小袋の見たことのないおみくじがありました。おみくじを結ぶ所がパンパンだったので、少し綺麗にして欲しいなと思いました。
波打八旛宮 320回閲覧〒769-1101香川県三豊市詫間町詫間1376☎0875-83-3009瀬戸内海を臨む穏やかな街に佇む歴史由緒ある神社です。創建から1400年。今もなお三豊の地を鎮守しています。㊗️総閲覧者数が572万回を超えました🎵٩(๑❛ᴗ❛๑)۶皆さん閲覧ありがとうございます😊。👍イイネありがとうございます☆彡弁護士ドットコム会員市会議員後援会員県会議員後援会員国会議員後援会員。
尾長鳥がお迎えしてくれます。石段が結構長い🥵
この神社を創建した敏達天皇・推古天皇の皇子髙村親王は南北朝のころ湊川神社で亡くなった南朝の忠臣、楠木正成の先祖である。不思議なことに毎年楠木正成の命日に楠公祭が執り行われている。この事実は、讃岐の国造家で日本最大のため池満濃池の地所を提供し、唐に留学中であった空海を呼び戻した矢原家の文書に残されていた。矢原家は髙村親王の子孫でありこの一帯を治めていた長尾家に娘を正室として輿入れしていることからその関係性は深く事実に基づく資料の存在がうかがわれる。藤原純友の乱の際、征討に功績があったため備中・河内の国に所領を賜い、後楠木正成の兄橘俊親の息子、元村がこの地を賜わり、現在の丸亀市津森に居を構えることになる。元村の子、元高が白峰・長尾合戦の功により長尾に城を構え、その地名より長尾大隅守元高を名乗った。この地区は後醍醐天皇の荘園であり皇子宗良親王が配流の際この地の南海道橘家学館院へお入りになっている。後、南朝方につき荘内に配流されてきた多くの大名の息子は、何故か長尾家に高禄で懇願され仕官することになる。矢原家は最後の男子が善通寺市の護国神社宮司をされていたが、その方を最後に絶えている。70代続く矢原家系図は坂出市鎌田共済会博物館にまた橘俊親に関する記述は国立国会図書館蔵矢原理平著「讃岐名勝栞」明治40年発刊にあります。最後に、吉田宮司さんに聞いた話ではある日和歌山から一升瓶を抱えた一団がある人より言われ理由もわからなかったが訪れ宮司より宗良親王と関係があることを聞かされると一斉に驚きの声があがったという。何故かと問うと実は私たちは楠木正成一党の子孫なのですという。矢原家文書は高松空襲の際焼失したとされているのでもう今となっては確認のしようがありませんが、長尾家の家紋が三房の橘、浪打八幡宮の紋が橘であることから、楠木正成が橘を名乗ったのも単なる仮冒ではないと思われます。
とても良い神社でした。癒しパワーありますね。
| 名前 |
浪打八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0875-83-3009 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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美しく立派なお宮です。鶏がいます。蚊に注意。