断崖絶壁の歴史的魅力、蜂須神社!
蜂須神社の特徴
蜂須トンネル出口の真下にあり、美しい景観を楽しめる神社です。
貞光川ほとりに位置し、自然の中で静かなひとときを過ごせます。
狭い道を通ってアクセスできる、隠れた魅力のある神社です。
式内社 八十子神社(やそこの神社)現社名は蜂須神社 (はちすじんじゃ)御祭神 八千矛命(大国主神の別名といわれる)御神紋 丸に槌社殿の上の崖は蜂須崖というそうです。Google mapsの通りに行くとたどりつけませんので気をつけてください。他の方が行き方を載せてくださってます。
「つるぎ町:蜂須神社(はちすじんじゃ)」蜂須神社は渓谷沿いにある神社で、断崖絶壁の景観と歴史的背景が魅力的な小社です。祭神は八千矛命(やちほこのみこと)です。大国主命の別名の一つで、縁結びや国土開拓の神です。2025年6月にバイクツーリングで立ち寄りました。Googlemapの案内ではたどり着けません。正しいルートは宮平堂(みやだいらどう)を超えて降りていくルートです到着までの坂道は複数あり、一番の坂道は宮平道手前です。最後は川の真横を走っていきます。神社の鳥居をくぐると目の前に建物があり、その左を抜けると断崖絶壁の真下に鎮座する神社本体が見えてきます。ナビではたどり着けないルートと、そこに至る道が小冒険で良かったです。
通りすがりに橋の上からチラッと綺麗なお社が見えまして、どうしても気になり行ってみました。Google mapsの案内では行けません。行き方は他の方が書いてある通りに行くと辿り着けますので割愛します結果行って良かったです。なんの知識も無いまま引き寄せられるように行くって本当に良いなと思いました😉バケタンでパワースポット鑑定もしました引き寄せられたの納得です綺麗に青く光りますずっと長く守ってくださいました歴史ありそうな狛犬さんもちょっと横にいらっしゃる😉癒されました、ありがとうございました🥰
Googleマップのクチコミを見て いつかは行ってみたいと思っていました。今日来ることができました。神様に感謝します。
吉野川からだと、温泉側からまわりこみます。
狭い道ですが車で来れました。鳥居前に車を停め方向転換出来るくらいのスペースがあります。簡易トイレもあるようです。絶壁の下。サクラの時期がキレイでした。ここより先は民家で行き止まりのようです。ここに書くのもなんですが、Yahoo!地図には道が載ってます。
蜂須トンネル出口の真下に鎮座する美しい神社です。山の白い岩肌に寄り添って鎮座する本殿や、直ぐ脇を流れる貞光川の清流、周囲を四季折々にうつろう山々と、ロケーションも抜群に良好でした。尚、お車で神社迄向かう事が出来ますが、大変分かりにくいルートとなっております。Googleマップの経路案内に従っても、直近のトンネル出口より徒歩1分との表示がなされ、トンネル出口より目的地へ降りる道も存在しません。最も分かり易く到着するには、まず、端四国霊場のひとつ、第27番札所宮平堂へ向かいます。そしてここより奥へ向かう道がありますので、そのまま直進すると、川際の道路へ出ます。後は道なりに進むと、神社前へ到着します。但し、この道路と直ぐ脇を流れる貞光川の水面との高低差が低く、台風や大雨等による川の増水時には冠水の恐れがある為、予めの注意が必要かと思われます。そして、この付近の道路は細く、ガードレールもありませんので、より一層の慎重な運転が求められます。
貞光川ほとりに座する神社。葉ずれと鳥の声、川の流れの音しかしないような、とても静かな場所におわします。なんというか、人ならざるものの気配を感じるような、不思議な雰囲気を持った場所です。(山の中だけど・笑) お神輿があってお祭りに賑やかに、というタイプの神社ではありません(ございましたらスミマセン)が、歴史ある神社が各地で打ち捨てられたかのようさびれてゆく中、お手入れされ、敬われていると思いほっとしました。
トンネルの手前の集落から回り込みます度々の洪水で詳しい社殿や由来は喪失。
| 名前 |
蜂須神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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蜂須神社(はちすじんじゃ)。徳島県美馬郡つるぎ町貞光宮平。式内社(小)八十子神社(ヤソコノ)、旧村社。【祭神】八千矛命(やちほこのみこと、大国主神)資料によると、「蜂須崖」と呼ばれる名勝地で、その崖の下。創祀年代は不詳。たびたびの洪水で、記録はほとんど流失しているという。もとはもう少し川に近いところに鎮座していたという。当社西方に、直線ではいけないが、御所神社がある。忌部神社の旧地である。「木綿」「麻」も含めて、忌部氏とゆかりの深い地域である。川が大きく湾曲した場所の、断崖の麓に境内がある。社名は、背後の断崖に巨大な蜂の巣があることから。今でもいくつかの蜂の巣を確認することができる。また、初代阿波藩主蜂須賀家正が参詣した際、見事な崖を見てしばらくたたずんだため、現社名が定まった、とも。江戸時代には蜂須三社大明神と称した。明治元年(1868年)、現社号に改称、明治5年(1872年)には村社に列した。例祭は10月28日。なお、式内社「八十子神社」の論社は他に、美馬市穴吹町三島小島の正八幡宮が合祀した王子権現がある。とあります。