金山神社で古代の神に触れる。
山方比古神社の特徴
山方比古神社は、タカラ町に隣接し、たたら跡がある珍しい神社です。
中津峰山の北麓に位置し、歴史深い金山神社とも関わりがあります。
山間の静かな環境で、枝垂れ桜が満開の光景が楽しめます。
山方比古神社から北に立岩神社の⛩️が見えます。
山方比古神社と書かれた大きな石碑がありますが、由緒書きには、金山神社とありました。
目の前の公民館スペースに車を駐めさせていただきました。小さな神社ですが、地元の人に愛されている優しい感じの神社です。
山間の静かな神社です。
是非参拝しに行くべきだ☺
タカラ町に隣接し、たたら跡のある神社として県内では珍しい。社格は式内社です。かつての境内敷地内にはアマツマラを祀る岩戸神社が有ります。御神体は圧巻です。是非、お参りを。
金山神社とは、私は金山銅山(かなやまどうざん)と言ったほうがよいのではと思います、元々、銅がこの山からは出ておりまして、古代の銅鏡や銅剣を作る集団の神がいたのでしょう、ユダ国からは様々な技術を持ち込まれましたので、その集団が作りましたのが銅鏡です、祭司用品との記載が多いですが、私は五年前から光通信の道具であると断言しました、真ん中が凹みまして、光を集約して遠くに飛ばします、例えば高天原(大河原高原)から太平洋に向かいまして黒潮にのり、ユダ国からの仲間に送信すれは、船の舵をそちらにきりますから、簡単なる通信ができるのです、普通は20センチ程度で裏の真ん中に突起があり、穴が開けていますから紐をつけ手に取り付けるなら送信できます、おそらく、30キロは飛ぶと思います、もちろん決め事はあったでしょうから、それを知った上で送受信しておりました、鏡が大きくなれば遠くに送信できますから、この神社近辺から70センチの銅鏡が発掘されたことがあることを聞きました、おそらく太平洋側への送信鏡だったのでしょう、元々はユダ国から持ち込まれたのは何十枚とあったはずですが、その後は我が国での生産品です、中国から頂いたといいますが凹み具合が微妙に違いますから単純なる物では困ります、それと同時に、この地帯にはタタラ技術もありまして、鉄剣も作っております、ですから多家良の地名も残ります、この神社のご祭神は、はっきりしません、タタラの神でいいとおもいます。
山の麓、石段を上ると小さな祠が鎮座する。神社から集落の反対方面を望むと天津麻羅を祀る立岩神社が鎮座されている。神社の説明書きには”延喜式内社で鍛冶の神 金山毘古神を主祭神とし境内に八咫の鏡を制作した天津麻羅を祀る”とある。また、”古来、この地には銅の精錬・鋳造所があったと伝えられ、神社右脇の山が抉れた部分は古代のたたら跡といわれている。”とある。しかしながら、どの辺がたたら場の跡なのかは見ても分かりませんでした。所在地の地名は多家良(たから)町であり、周辺には八多町(八咫の鏡の名からきたもの)というのは面白い。
枝垂れ桜🌸が満開。
| 名前 |
山方比古神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
山方比古神社(やまがたひこじんじゃ)。徳島市多家良町立石。式内社(小)山方比古神社(ヤマカタノ-)論社、旧無格社。【祭神】金山比古神資料によると、別名は金山神社(かなやまじんじゃ)。創祀年代は不詳。昔、この地に銅のたたらがあったとされる。また、周辺からは弥生土器や金属器が出土している。御祭神は金山比古神。御火社(こひしゃ)、金谷権現とも称する。例祭は10月12日。末社に、近接して立岩神社がある。この立岩神社が式内社「山方比古神社」のもう一つの論社。「山方比古神社」というからには、山の神を連想させる。だから、当社の御祭神も山の神である大山祇命なのではないか、との見方もある。大山祇命ではないのだから、当社は「山方比古神社」ではない、とも。そうした意味でも、どちらかといえば、立岩神社の方が有力だが、立岩神社も御祭神は明らかにたたらに関わる。当社と同一性質の神社である。たたらと山は密接不可分、「山方比古神社」であれば山の神であって、たたらの神ではない、とは言い切れないのではないだろうか。また、距離的にも当社と立岩神社はやはり密接不可分の関係にあり、両者一体で「山方比古神社」と考えても問題ないのではないかと思われる。とあります。