神秘の森遠城跡で歴史を感じる。
正八幡神社の特徴
古事記に記された高天原の伝説が息づく神社です。
遥か昔、森遠城の跡地に建つ八幡神社の魅力。
石垣や井戸、空壕など歴史的遺構が見られます。
❶【参考 木屋平村史 1971年】正八幡神社(1971年の書によるもの、現在ではない)[祭]天日鷲命(あまのひわしのみこと・阿波の忌部氏の祖神)仁徳天皇応仁天皇・・・まとめちゅう・・_____________書による情報をあつめてみる正八幡神社とちょっと違うが、城跡にあるとのことで、記しておくこととする。ただ、人骨が今現在も散らばっているとは考えられず、現在どのようになっているかは、訪問する機会もないのでよくわからない。❶【参考 木屋平村史 1971年】お骨霊神(1971年の書によるもので、現在ではない)「おこつさん」といわれる。別名「安土の窟」とも言われている。森遠城跡の下方にあって、森遠合戦の時討ち死にした祖谷勢の人骨を祀っている。明治のころまではまだ数十個の骨辺が散らばっていたが、いまでは7個ほどしかない、とある。600年の風雪にさらされて軽石状になっている、とある。歯痛の時にお参りすると効能があるといわれる。
現在は神社となっていますが、城跡の雰囲気はあります。
祖谷地方の神秘、歴史的ロマンの詰まった神社です。落ち延びた安徳天皇を守護するために木屋平氏が築いたとされる城郭の跡であり、石垣や空濠にその痕跡が見えます。鳥居の側には巨大な御神木があり、広い境内の中央に坐す社殿は非常に素朴ながら格式高く、正に「小屋の内裏」を思わせます。素朴で静謐極まる中に、歴史の古さ、荘厳さを感じさせる神社です。森遠とはよく言ったものだと思うくらい山奥ですが、是非一度参詣なさることをお勧めします。
遥か昔、森遠城と呼ばれるお城が所在したとされる八幡神社です。歴史は古く、諸説ありますが、現在の神社、あるいは周辺において様々なお城の名残が有ります。特に境内の端に位置する古井戸が神社に存在する事は特に珍しいと思います。井戸の囲いと東屋はまだ新しく、近年建造された様でした。井戸には木製の蓋がなされ、恐る恐る中を覗いてみると、非常に深く底が見えませんでした。誠に勝手ながら備え付けの汲み桶を井戸の底へと垂らしてみましたが、手応えが感じられない事より、水脈が途絶え枯れている様です。境内におきましては広く静寂に包まれた厳かな雰囲気から心身を清められる様であり、空間に響き渡る野鳥の鳴き声は、更に気持ちを落ち着かせてくれます。拝殿には特徴的な装飾は無く、静かに堂々と鎮座しており、周囲との無の調和が何より特徴的でした。特に参道から鳥居にかけての石階段には大きな青石をふんだんに用いられ、周囲とのコントラストが大変見事でした。しかし、雨により石が濡れている際は大変滑り易くなっていますので、足元への注意が必要です。
石垣、井戸、空壕等城跡の様子が解り遠路出かけた甲斐がありました。
遥か昔、森遠城と呼ばれるお城が所在したとされる八幡神社です。歴史は古く、諸説ありますが、現在の神社、あるいは周辺において様々なお城の名残が有ります。特に境内の端に位置する古井戸が神社に存在する事は特に珍しいと思います。井戸の囲いと東屋はまだ新しく、近年建造された様でした。井戸には木製の蓋がなされ、恐る恐る中を覗いてみると、非常に深く底が見えませんでした。誠に勝手ながら備え付けの汲み桶を井戸の底へと垂らしてみましたが、手応えが感じられない事より、水脈が途絶え枯れている様です。境内におきましては広く静寂に包まれた厳かな雰囲気から心身を清められる様であり、空間に響き渡る野鳥の鳴き声は、更に気持ちを落ち着かせてくれます。拝殿には特徴的な装飾は無く、静かに堂々と鎮座しており、周囲との無の調和が何より特徴的でした。特に参道から鳥居にかけての石階段には大きな青石をふんだんに用いられ、周囲とのコントラストが大変見事でした。しかし、雨により石が濡れている際は大変滑り易くなっていますので、足元への注意が必要です。
古事記に書かれる、高天原と呼ばれる木屋平村古くは正八幡神社の近くを霊峰劔山山頂への登山道がありました。
| 名前 |
正八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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小屋平氏が築城した森遠城が建っていた場所。小屋平氏は平知盛の末裔(平知経)と言われている。