歴史感じる芭蕉の庵。
幻住庵の特徴
落ち着いた雰囲気が漂う、静かな山の中に位置しています。
苔むした階段を上ると、復元されたたてものが出迎えます。
芭蕉が愛した奥のほそ道を散策する贅沢な体験が待っています。
生憎の雨模様…良き趣が出る場所まだ寒さの残る山に白い吐息を溶かしつつ幻住庵までの道をゆっくりと堪能し、件の建物も茅葺き屋根に苔を生やし歴史を感じさせ良きもの、良き時間を過ごせました(*´~`*)
落ち着いた雰囲気が味わえます。地元のスタッフの方が丁寧に案内してくれるのでわかりやすく、親しみが持てます。
凄く感じの良い所。無料なのが良い。
芭蕉が余生を過ごした庵。大津石山寺近くにある。
大津市国分2-5にあるあの俳人の松尾芭蕉が奥の細道を書き終えたあと、約滋賀に2年間、義仲寺の無名庵と幻住庵に4カ月過ごした場所です。石山の奥、岩間のうしろに山あり、国分山といふ。・」で始まる「幻住庵記」は、松尾芭蕉のここでの庵住の生活のなかから生まれた。「おくの細道」の旅の翌年の元禄3年(1690年)4月6日から7月23日までの約4ヶ月の間、芭蕉は近江の門人で膳所藩士、菅沼外記定常(曲水)の勧めによって、曲水の伯父の菅沼修理定知(幻住老人)がかって暮らしていた庵に滞在した。ここでの生活の様子や、それまで辿ってきた芭蕉の俳諧道への心境などを述べたのが「幻住庵記」であり、「おくの細道」と並ぶ俳文の傑作とされている。そして、結びにおかれている「先づ頼む椎の木も有り夏木立」の句に詠まれた往時を偲ぶように、現在もなお、周辺には椎の木が多く残っている。また、記の中で「谷の清水を汲みてみづから炊ぐ」と述べられている清水も、今もなおこんこんと湧き出ており、芭蕉の思いを伝えているようである。この庵を出てからもなお、曲水への手紙の中で、もう一度、幻住庵を訪れたいと述べているように、芭蕉にとって幻住庵は忘れがたい地であった。現在の幻住庵は、芭蕉が生涯の地とした大津を広く紹介する「ふるさと吟遊芭蕉の里事業」によって、平成3年9月に新たに建てられたものである。松尾芭蕉は、三重県伊賀市柘植に生まれています(1644年)。お父さんは、藤堂高虎が藩主の上野城で藩士をしていました。芭蕉は、京都に俳句の勉強にいきます、その後、東京深川に芭蕉庵深川の草庵は、はじめ「泊船堂」といいましたが、門人の送ったバショウの株がよく茂り、人々は「芭蕉庵」 と呼ぶようになりました。芭蕉は、延宝8年(1680)、日本橋から深川に移り住み、約14年間、この草庵を拠点に活動し、「古池や 蛙飛こむ水のおと」など多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文を残しました。亡くなる晩年(1690年)に、ここ幻住庵に4カ月住み、そのあと教え子の俳人をまわったりしすごしました。亡くなったのは(1694年)、大阪南御堂前の花屋仁右衛門の貸座敷で死去します。死因は、細菌性食中毒と言われてます。遺骸は船に乗せ淀川から伏見まで運んでいます。遺言により、滋賀県大津市膳所にある義仲寺の木曽義仲の隣りに埋葬されました。義仲寺は、木曽義仲の墓があり、時代は400年遡りますが、木曽義仲の生きざまに惚れていた芭蕉は、一緒の場所に眠りなかったそうです。木曽義仲とは、平安時代の末期、平家軍を撃破し、一時は無血入京まで果たした男、「木曽義仲(きそよしなか)」。旗揚げから3年半で天下人になるも、後白河法皇と対立し、最終的には源頼朝(みなもとのよりとも)の命を受けた鎌倉勢に討たれ、31歳の生涯を閉じる。鎌倉幕府を開いたのは源頼朝(みなもとのよりとも)、その従兄弟(いとこ)にあたるのが木曽義仲だ。頼朝よりも、それ以前に平氏を撃破し、一時期は入京して、征夷大将軍にまでのぼりつめ数ヶ月の天下人となった。アクセスは、JR石山駅・京阪石山駅から京阪バス国分団地行き13分、幻住庵下車直ぐ前にあります。
静かな山の小道を少し散策すると、苔むした階段が見えてきます。2歳でも十分行き帰り散策できますので、あまり構えなくてもオッケーかと✨松尾芭蕉が晩年を過ごした #幻住庵 です。松尾芭蕉は、こちらでの暮らしや歌を幻住庵記という題で残されています。実際に松尾芭蕉が使っていた湧き水の小さな池は今も美しく、澄んだ水がこんこんと湧き出ています。この湧き水でお米を炊いていたようです。今は木立が大きく、周りを眺める景色はあまり良くはありませんが、当時は鈴鹿山脈なんかも見渡せたようです。月見で有名な石山寺までもすぐなので、文豪に好かれる土地なのでしょうね。説明してくださるボランティアの方がいらして、竹でできた鹿威しの良い音色を聞かせてくださりました。夏は蚊がやばげですが、美しい森の中の静かな空間でした。
今は復元されたたてものがあるようである。明治のころは幻住庵址と記されている。❶【参考 幻住庵址 近江国滋賀郡誌 國分村誌 明治14年3月18日】幻住庵址近津尾神社かたわらの林の中にあり。老樹盛んに茂り山色さわやかである。芭蕉の桃青の庵址あり。云々~中略芭蕉この地に住み留まる事1年半ばかり。幻住庵記あり世に伝える碑あり。[所在地] 國分村西南山上近津尾神社林中❷【参考 トク々々ノ清水 近江国滋賀郡誌 國分村誌 明治14年3月18日】トク々々の清水四方一間ばかり。芭蕉翁桃青幻住庵の記に載るをもって世に名がひろまる。水きわめて清冽(せいれつ)である。[所在地] 國分村西南山上近津尾神社のカタワラ。
ここは俳句に興味が無い場合は苦労して行く事はないかと思います。駐車場からでもかなり急な坂を登る事になります。庵のなかはフリーに入れますがなにやら雑然と古いものと現代のものが混在。
急な階段なのでハイヒールは履かない方が良いです静かな山の中にあります。
| 名前 |
幻住庵 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
077-533-3760 |
| 営業時間 |
[土日火水金] 9:30~16:30 |
| HP |
https://www.city.otsu.lg.jp/soshiki/025/1604/g/shisetsu/1389882417027.html |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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初めて訪問させていただきました。芭蕉が4ヶ月滞在したと言う草庵との事。趣のある場所でした。芭蕉はどのような気持ちでこの場所に滞在されたのか思いも及びませんが鳥が囀り、樹木に囲まれた自然豊かな場所に癒されます😊