行徳の歴史を感じる文化財。
市川市行徳ふれあい伝承館の特徴
2010年に国の登録有形文化財に認定された主屋です。
富岡八幡宮に納めた4トンの神輿がここで造られています。
浅子神輿の系譜や行徳の歴史が詳しく展示されています。
旧浅子神輿店店舗兼主屋と休憩所からなり、主屋は2010年に国の登録有形文化財に登録されたそうです。神輿製作約500年の浅子神輿店の神輿や祭りの基調な資料や行徳の歴史が展示されている。
富岡八幡宮に納めた4トンもあるみこしはここで造られ、江戸川を船で渡り一度海へ出てから隅田川をさかのぼって行ったそうです。
行徳の歴史に触れられる。管理されている方から、丁寧に説明を受けられるのでなんの予備知識なく楽しめる。管理されている方はとても親切でした。大きく3つの楽しみがあった。【行徳の歴史】塩田で栄え、成田までの街道の宿場町として機能し、その後、塩田から農地へと切り替わったことなど、興味深い話を楽しむことができる。もしも歴史的な転換期にこうだったらを想像できるイベントをたくさん聞けて面白かった。【御神輿の歴史】行徳が、日本中の御神輿をたくさん作っている由緒ある土地であることがわかる。お神輿の模型や、丁寧に細工された御神輿の部品、そして鬼子母神の図解やクジラやイルカなどの海の生き物が描かれた絵習い本の実物を見ることができた。生き物の絵が何故か皆タレ目なのがおかしくて面白かった。【神輿祭りの現在】毎年?10月頃に行われる神輿祭りの一日が動画で流れている。見ていると参加者がものすごい熱量を込めていることがわかる。個人的には、管理されている方から直接話を聞いたほうが、御神輿に対する情熱が深く感じられて面白かった。行ったときは、直接聞いたほうが面白いと思う。たまたま暇つぶしで寄ってみだが予想以上に面白くよかったです。本行徳は寺町なので、お寺を見て回った際に休憩がてら寄るととてもいいと思います。
浅子神輿の100年以上続く建物そのままに浅子神輿の系譜や行徳の歴史まで展示と共に詳しく説明くださり興味深くとても勉強になりました。😃若い世代に引き継いでいかねばと強く思いましたよ。
ボランティアの語り部さんが親切でした!行徳の成り立ちがしれて良かったです!
街の歴史を知ることができました。駐車場が3台あります。
| 名前 |
市川市行徳ふれあい伝承館 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
047-314-8177 |
| 営業時間 |
[火水木金土日] 10:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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市川市本行徳。1929年に完成した建物で国の重要文化財です。行徳は製塩業と舟運で栄えましたが、もう一つの地場産業に神輿作りがあります。この建物は室町時代末期に浅子周慶が創業した浅子神輿店の建物です。浅子神輿店の歴史は室町時代末期に遡ります。当主は代々「浅子周慶」と名乗り、神仏具の製作を家業としていました。仏師として浅子周慶は名声を得ていましたが、明治時代の神仏毀釈運動で、寺が衰退し、その一方で神社(神事)が復活したことが契機となり、神仏具から神輿へと事業の軸を移すことになりました。1877年の南千住の素盞嗚神社に始まり、明治・大正時代を通して東日本を中心に制作された江戸神輿の半数にあたる2000基程が行徳の「浅子周慶」と、もう一つの神輿店「後藤神輿店」によるものであったと言われています(後藤神輿店は江戸時代初期から行徳で寺社彫刻を家業としていましたが、大正から昭和初期にかけて神輿へと軸足を移し、浅子神輿店とともに全国の江戸神輿の多くを作り上げました)。中でも富岡八幡宮にある日本一の大神輿はここ浅子神輿店で作られました。十億円神輿と呼ばれる豪華絢爛なこの神輿は渡御船を使って旧江戸川を下り、東京湾を渡って、その後に隅田川を上るという壮大なルートを辿って、富岡八幡宮に納められました。浅子神輿店も後藤神輿店も、時代が平成に移るとその長い歴史に幕を閉じましたが、浅子神輿店の建物は行徳の歴史を後世に伝える貴重な遺産として市川市によって保存、管理され、資料館として活用されています。私個人の意見を言わせていただくと、お祭りというものはうるさくて嫌いですなのですが、神輿を担いで歩く姿というのは、力強くてたくましい姿だと思います。神輿を近くで見ると色々と技巧が施された技術の結晶だと思います。