伝説の巨木、大洞のクリ。
大洞のクリの特徴
見にくい場所にあるため、一味違った体験ができます。
近くには柵が設けられていて、静かな時間が流れています。
畑の奥にひっそりと佇む大洞のクリの魅力です。
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ちょっと見にくい。
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畑の奥にありますが、柵が有り近くへは行けません。
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| 名前 |
大洞のクリ |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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下呂市小坂町大洞にある「大洞のクリ」は、源平合戦に敗れた今井兼平の妻がこの地に落ち延び、自らの手で植えたと伝えられる巨木である。兼平は木曽義仲の側近として知られる人物で、平安末期の粟津の戦いにて討死したとされるが、その妻と一族が信州から飛騨の山間に逃れ、この大洞の地に身を寄せたという伝承が残る。彼女はこの地で静かに暮らす中、夫の霊を弔うように一粒のクリの実を大地に植え、それが現在の「大洞のクリ」となったとも言われる。この伝承は、現地に設置された案内板(設置年・設置者不詳)にも記載があり、地域の人々の間では今なお語り継がれている。推定樹齢は約800年とされ、ちょうど源平争乱期から現代に至る歳月と重なることもあって、伝承と自然のスケールが重なりあう印象を与える。科学的な年輪測定などによる実年代は公表されていないが、地域の信仰や記憶の中でこの木は「源氏ゆかりの霊木」として特別な意味を持っている。この大洞のクリは、1970年(昭和45年)12月12日付で岐阜県の天然記念物に指定された。所在地は、下呂市小坂町大洞字中重730番地にあたり、大洞川の右岸、山裾の緩やかな斜面に立つ。根元の幹周は約7.8メートル、目通り幹周は5.8メートルに達し、樹高は17.5メートルを測る。東西南北の枝張りもそれぞれ8~10メートルにおよび、堂々たる威容を誇っている。県公式資料において「県下最大のクリの巨樹」と明記されており、その存在感は訪れる者を圧倒する。樹勢の衰えが見られたことから、1996年度(平成8年)には主幹部分を中心とした保存修理が行われ、腐朽や空洞に対する処置が施された。現在も空洞は樹幹内部に残るが、葉をつけ花を咲かせ、毎年イガを実らせる生命力は健在である。なお、空洞の成因については、落雷によるものとする説明もあるが、公的資料では言及されていない。この木に対して、地域では古くから「枝一本切ることすら憚られる」とされ、特別な敬意をもって扱われてきたという。実際、幹に大きな空洞が形成された後も、安易な剪定や伐採は行われず、あくまで自然のままの姿が大切に保たれている。このような“手を加えない保存”の姿勢は、兼平の妻の祈りを今に伝えるものとして、また地元の信仰心の現れとして印象深い。大洞のクリにまつわる歴史をさらに追うと、兼平の一族がこの地から移り住んだ先として、同じ下呂市内の萩原町宮田が挙げられる。そこには市指定史跡の今井城跡があり、兼平の末裔と伝わる今井貞信が戦国期に築いたとされる。今井城は、1973年(昭和48年)5月30日付で下呂市の史跡に指定されており、現在は今井八幡神社の裏山にその痕跡を留める。地元では今も「今井姓」の家系が多く、落人伝承と在地史のつながりを物語っている。また、下呂市内には天然記念物として他にも多くの名木が存在する。中でも「禅昌寺の大スギ」は、1929年(昭和4年)4月2日に国指定天然記念物となった巨木で、同市萩原町中呂の禅昌寺境内にある。目通り周囲は10.3メートルに及び、大洞のクリと並んで飛騨地方を代表する巨樹のひとつとされている。さらに、小坂町大洞の周辺には、市指定天然記念物として「鹿山のリュウキュウツツジ」や「大洞のヤマグワ」などもあり、自然と文化の複合的な価値がこの地域一帯に見られる。これらはすべて、下呂市が定めた「国・県・市指定文化財一覧表」(2021年3月30日現在)に基づいて確認されている。なお、《研究パック》内では「苗代ザクラ」が小坂町内の名木として挙げられていたが、これは実際には下呂市和佐(旧下呂町域)に所在する県指定天然記念物であり、小坂町大洞とは異なる場所にある点には留意したい。このように、大洞のクリは自然の大きさや生命力に目を見張るだけでなく、そこに込められた人々の想いや歴史を内包する特別な存在である。源平の動乱から800年あまり、幾多の風雪を経てなお立ち続けるこの巨木は、見る者に静かな感動を与える。単なる古木としてではなく、ひとつの“語り部”として訪れる価値のある史跡である。