大蓑彦神社で神聖なひと時を。
大蓑彦神社の特徴
大蓑彦神社は石田東村の蓑神大明神が祀られています。
香川県さぬき市寒川町の歴史ある神社です。
地元の人々に親しまれている神聖な場所です。
さぬき市寒川町石田東にある神社。延喜式神名帳に載る讃岐24官社の一つである。祭神は大蓑彦命で蓑神大明神と呼ぶ。主祭神の大蓑彦命は大水彦で水霊神をまつるものといわれ、蓑川比古蓑川比女命に由来するという。
大蓑彦神社は石田東村字蓑神にあり土地の人は蓑神大明神と言います。「讃陽綱目」には「往古、東の高山の上にありしに往還の乗馬を咎め給うによって今の宮地に移すという」とあるから、元は蓑神池の東の高山上に有ったのを蓑神池(明神池)の堤の西小山に移して現在に至る。後の時代には郷社石田神社の境外末社で延喜式内讃岐二十四社の一社です。御祭神は諸説有りますが大蓑彦命です。神域も拡大し社殿七間四面あったが土佐の長曽我部元親軍の兵火で荒廃。寛文七年(1667年)太郎右衛門、彦左衛門らが東の社地より現在地に遷座。鎌倉時代中期に寒川郡司が大般若経を奉納。時代北西にある御田神戸は当社祭田の跡。当社は石田東の鎮守で大蓑大明神、蓑神大明神とも唱えていた。明治八年本社屋根葺替、昭和三十年ごろ旧神前小学校校舎の敷石を移し四一段の立派な石段としている。訪ねた日はちょうど秋の大祭の日で御神輿を拝見でき有り難かったです。
| 名前 |
大蓑彦神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://kagawakenjinjacho.or.jp/shrine/%E5%A4%A7%E8%93%91%E5%BD%A6%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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大蓑彦神社(おおみのひこじんじゃ)。香川県さぬき市寒川町石田東蓑神甲。式内社(小)、旧社格不明。【祭神】大蓑彦命(おおみのひこのみこと)大蓑彦命、日本神話に登場する神(カミ)で、「蓑(みの)」を作ったとされる神、または「みちひらき(道開き)」の神、水神、衣食住の神として信仰され、特に四国や寒川神社(神奈川県)などで祀られています。資料によると、創建年代は不詳。蓑神明神とも称す。当社の北方に寒川渕があり、名水で知られた。寒川郡の名はこれが起源だという。御祭神は大蓑彦命。上古、蓑を作り始めた功績により称した神名だという。一説には素盞鳴命、また水霊神とも。神名から、伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)の末社である那自賣神社の御祭神、大水上御祖命・大水上神を連想させるという。また、郡名とも考えれば、やはり内宮末社の牟弥乃神社の御祭神である寒川比古命、寒川比女命とも関連する。寒川比古命、寒川比女命で最も有名なのは、相模国一宮で、神奈川県寒川市に鎮座する寒川神社。さらに、千葉県千葉市中央区寒川町にも寒川神社がある。平安時代の延喜21年(921年)3月に「大箕社」との記載があるという。永承4年(1049年)6月には仏舎利が下賜されたという。戦国時代の天正10年(1582年)、長曽我部氏による戦火で焼失したが、江戸時代になり、寛文年間(1661年-1673年)に立て続けに社殿の造営があったようだ。別当は宝藏院末寺小倉寺。かつては東の山の上に鎮座していたとされ、後世、現在地に遷座した。旧地は今「フルヤシロサン」と呼ばれているという。現在地のちょうど東に剣山と呼ばれる山があり、頂上に金毘羅神社がある。また、南東の門入ダムの西側の山に、山上神社がある。近代社格は不詳だが、いずれのかの時期に石田神社の境外末社になったため、列格されなかったとも考えられる。現在も石田神社の末社か、兼務神社のようだ。とあります。