耳病に霊験あり!
石神(御社宮寺・耳塚様)の特徴
縄文中期の神体・石棒が見られる史跡です。
耳病に霊験があると信仰された耳塚様の歴史。
小野神社の森から近い、川鳥山麓の立地を誇ります。
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神体の石棒は、縄文中期(今から3~4000年前)のもの、昔は耳塚様といって耳病に霊験があると信仰が厚く、お椀の底へ穴をあけて柵などに吊るしてある。(憑の里史跡標柱の説明文より)
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| 名前 |
石神(御社宮寺・耳塚様) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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❶【石神(社宮司) 参考 歴史の道調査報告書 7 1981年】石神(1981年の書による)小野神社の森から 約200m西方の川鳥山麓にある。一は、長さ50㎝ 径10㎝ の石棒のものと一は、長さ30㎝ 径10㎝ やや扁平形の石棒の2本が柵の中に祀られている、とある。縄文時代のものと言われ、付近の住民は「耳塚様」と呼び、「木のお椀の底に穴をあけて、柵や木の枝につるし、耳の病を治す願かけをする風習があった、とある。________________❸【信仰 参考 信濃国憑里の歴史 1986年】諏訪の洩矢神(もりや神)の信仰していたミシャグジ(古代神、土着神)は石棒を神の依り代として祀り、縄文時代中期の遺跡に多く発掘され、各地に石棒が祭祀されていたことは今井野菊先生等の研究論文中に記されている。石棒は社殿を伴わない神の依り代である。時がたって、古代の若宮崇拝のじだいになると、建築技術が導入され、心霊は社殿の中に祭祀されるようになった、とある。_________________ここでは1mの大棒石とあるが、みみづか様とあるように、この石神のことであると思われる。❷【みみづか様 参考 信濃国二之宮小野神社の研究 1984年】川鳥川上流のミシャグジ(古代神、土着神)は小野氏の所有で、上野原縄文中期遺跡のふきんである、とある又、往古この付近を東山道が通り、会地の関所(おうちのせきあと・708年~715年)があったと、古書にあるという。祭祀の場所は「乾」(北西)で丈1mに及ぶ大石棒で周囲に木柵をめぐらし、鳥居がある、とある。みみづか様ともよばれている、とある。