青柳古墳群を巡る歴史散歩。
青柳古墳群・十二ヶ谷戸支群の特徴
健康緑道沿いに設置された説明板が魅力的です。
現在確認されている16基の古墳が集まっています。
日丹線の廃線跡が遊歩道として整備されています。
健康緑道沿いに説明板があります。
現在、16基(四軒在家遺跡の10基を含む)ほどの古墳が確認されているそうです。青柳1、2号墳では多摩川流域では少ない円筒埴輪が出土しているが、同じ古墳群でも四軒在家1~10号墳では確認されておらず様相が異なっています。青柳1号墳は1987年に本調査され、石室は河原石積横穴式、土師器、円筒埴輪が出土、6世紀末、消滅。青柳2号墳は未調査、円筒埴輪が出土しており、墳丘は屋敷墓、残存。青柳無名墳は未調査、直刀、金環、埴輪が出土しているが、残存状況は不明となっています。
日丹線の廃線跡の築堤部分が遊歩道として整備されており古墳群眺める事が出来ます。
当地に案内板あり。数個の円墳が見える。
| 名前 |
青柳古墳群・十二ヶ谷戸支群 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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青柳古墳群十二ヶ谷戸支群+ニヶ谷戸支群では十七基の古墳が確認されている。これらの古墳は、今から一四五〇年程前の六世紀中頃から後半を中心として、次々に造られたものであり、結果として小規模な古墳が多数密集する群集墳を形成している。昭和四十三年の農道建設や翌四十四年の北部用水工事および平成三年の土地改良事業に伴って計七基の古墳が調査された。調査の結果、古墳は十ニー十七メートルの円墳で、葬施設は、すべて横穴式石室である。石室には、平面形が長方形の神無型が五基、L字形のものが一基あり、古い形態の横穴式石室であることから、青柳古墳群でも早くから古墳が造られた支群と考えられる。副葬品には、鉄などの武具、切子玉・耳環などの装身具がある。墳丘には、河原石を積み上げた葺石がめぐり、円筒埴輪や人物・馬・大刀形などの形象埴輪が並べられていた。八号墳から出土した層を持つ人物や五号墳の鶏形埴輪は町内では数青柳古墳群十二少ないものである。なお、一七号墳の墳丘下からは約四五〇〇年前の縄文時代中期の竪穴住居跡などが発見され、土器や石器が出土した。