勝瑞城の歴史を感じる散歩道。
勝瑞城跡の特徴
JR勝瑞駅から徒歩10分、アクセスの良い城跡です。
三好氏が統治した歴史深い勝瑞城の遺構が残ります。
小規模ながら資料館や公園として整備された場所です。
勝端城跡に行ってきて、昔の城があった場所の歴史を感じることができました。現在は城の建物は残っていませんが、周囲の景色や跡地の雰囲気から、当時の様子を想像することができました。静かな場所の中にも、地域の歴史を伝える大切な場所であることが感じられました。実際に訪れることで、教科書だけでは分からない歴史の魅力を感じることができ、貴重な体験になりました。
道路を挟んで館跡と城跡がありました。展示室のあるほうの館跡は広場でまだ発掘しているようでした。城跡はお寺の裏にあります。お城巡り10城目。
2026.4.10徳島県藍住町勝瑞にある中世の城跡。国指定の史跡。旧吉野川右岸の平地に位置し、周囲に水堀を巡らせた平城。現在、見性寺の境内となっている。説明書きによると、吉野川の水運を活かして阿波国の政治・経済の中心として中世に栄えるも、細川家、続く三好家の本拠地としての繁栄は、長宗我部家に敗れて衰退したとある。歴史に聞こえる勝瑞城跡であるが、余りにも衰退してしまい、城下町の片鱗も見つけ出すことが出来ない。駐車場有り。トイレ無し。
吉野川が作り出した徳島平野で、支流が合流する場所にある平城跡です。阿波国の中心だっただけあり、過去の発掘調査ではかなり広範囲に縄張りがあったとか。今も堀跡など残してくれており、往時を偲ぶことができますよ。
さすがの国史跡🇯🇵だけあって無料駐車場🅿、無料パンフ、無料史跡展示室、発掘された後の遺構説明板など至れり尽くせりで勉強になる👍お寺には水堀♬土塁♬矢竹♫など遺構も残ってた🙌2025年12月はまだ工事中の場所があった。
阿波細川・三好家の本拠地で長宗我部軍によって破却されるまでは阿波の政治、文化の中心として栄えていたらしい。今は堀と土塁の遺構が少し残ってるだけで、つわものどもが夢の跡…感が強かったです…。絶賛発掘調査中のようです。
無料。城的遺構はほとんどなく規模も小さいので、城というよりは館なんだろう。見所は三好家の墓ぐらい。100名城スタンプはここにはなく、近くの資料館にある。
勝瑞城は室町時代の阿波国守護細川氏と三好氏の本拠地で、県内でも珍しい平城です。応仁の乱以降、三好長慶らが実権を握り、勝瑞は阿波の政治・文化の中心として栄え、水運の便に恵まれた文化都市として繁栄しました。天正十年(1582年)、長宗我部元親に攻められ、勝瑞城は落城し、歴史の幕を閉じました。その後、城下の多くの寺院は徳島城下に移転し、町は衰退しましたが、三好氏の菩提寺である見性寺には、三好氏の肖像画や墓が残されています。
阿波国の勝瑞に、守護職細川氏9代が守護所を置いた。戦国期には阿波国の実権を握った三好氏3代も当地を本拠として、約240年間阿波の政治、経済、文化の中心地として栄えた。勝瑞城は、三好氏の菩提寺である見性寺の境内地にあり、城跡は東西約80m、南北約60mの方形で、周囲は幅14mの水濠が巡り、一部土塁が現存し、細川氏の守護所、三好氏の居館跡であったと思われる。三好氏の菩提寺である見性寺とお墓が少しあるだけで、特に興味を引くようなものはありませんでした。2025.5.12
| 名前 |
勝瑞城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
088-637-3120 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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イメージとは、少し異なったが、館の横に、ポツンと、一軒城跡。往時は、阿波名門のお家柄、城に籠るより、雅な館の方が、重要だったのだろう。堀に囲まれた方形の城跡。郭内は、お寺さんが鎮座。三好家の菩提を、弔っておられるようです。堀と、土塁と、矢竹と、遺構としては、ちょっと寂しい限りですが、館跡とのセットで、続100名城!行っときましょう。