歴史を感じる勝瑞城跡。
勝瑞城跡の特徴
JR勝瑞駅から徒歩10分、アクセスの良い城跡です。
三好氏が統治した歴史深い勝瑞城の遺構が残ります。
小規模ながら資料館や公園として整備された場所です。
阿波細川・三好家の本拠地で長宗我部軍によって破却されるまでは阿波の政治、文化の中心として栄えていたらしい。今は堀と土塁の遺構が少し残ってるだけで、つわものどもが夢の跡…感が強かったです…。絶賛発掘調査中のようです。
無料。城的遺構はほとんどなく規模も小さいので、城というよりは館なんだろう。見所は三好家の墓ぐらい。100名城スタンプはここにはなく、近くの資料館にある。
勝瑞城は室町時代の阿波国守護細川氏と三好氏の本拠地で、県内でも珍しい平城です。応仁の乱以降、三好長慶らが実権を握り、勝瑞は阿波の政治・文化の中心として栄え、水運の便に恵まれた文化都市として繁栄しました。天正十年(1582年)、長宗我部元親に攻められ、勝瑞城は落城し、歴史の幕を閉じました。その後、城下の多くの寺院は徳島城下に移転し、町は衰退しましたが、三好氏の菩提寺である見性寺には、三好氏の肖像画や墓が残されています。
阿波国の勝瑞に、守護職細川氏9代が守護所を置いた。戦国期には阿波国の実権を握った三好氏3代も当地を本拠として、約240年間阿波の政治、経済、文化の中心地として栄えた。勝瑞城は、三好氏の菩提寺である見性寺の境内地にあり、城跡は東西約80m、南北約60mの方形で、周囲は幅14mの水濠が巡り、一部土塁が現存し、細川氏の守護所、三好氏の居館跡であったと思われる。三好氏の菩提寺である見性寺とお墓が少しあるだけで、特に興味を引くようなものはありませんでした。2025.5.12
主要地方道沿いにある城跡で、名前のとおりJR勝瑞駅からも近いです。天守閣はもちろん残っていませんが、お堀はあってここに建っていたのかなというのは想像できなくはないです。特に人が常駐しているわけでもなく出入りは24時間フリーですが、逆に言えばわざわざここを目指してくるほどの場所でもないかなと。ただ御城印は作られていて、西の方へ数百メートルほど進んだガソリンスタンドで販売されているようです。
しょうずい城。1363年秋月城の阿波守護職三代目、細川詮春が勝瑞に移り築城と伝わる。その後家臣の三好義賢が謀反を起こし細川氏は滅亡した。最後の城主三好(十河)存保は長宗我部が勝瑞城を包囲するなか讃岐に退き落城した。見性寺の境内にあり入口に城説明板、無料駐車場があります。周囲は今も堀で囲まれ、土塁、三好氏の墓あります。
三好家が外敵に攻められるようになり作ったお城らしいです。長曾我部との合戦敗退後十河存保が1カ月籠城したとか書いてました。ただ今では当時を思わせるものは堀しかありません。急造で築城したとも資料があるらしいので元々それほど堅固ではなかったのかもです。
信長より先に畿内を統一、信長より斬新な施策を実行した三好氏、三好長慶の本拠地です。ずっと前から行きたかった場所なので感慨もひとしおです。現在は見性寺になっており堀と多少の土塁が残るのみです。
続日本100名城に選ばれてる勝端城当時の火縄銃の有効射程距離が50m せいぜい数メートルの堀では何の役にはたちません まともな防御など全く考えてなかったのがよく分かる縄張りの城趾です信長や秀吉より先に天下統一(当時の天下とは近畿地方のこと)した三好氏に敵はいなかったと考えてたのでしょう。
| 名前 |
勝瑞城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
088-637-3120 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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吉野川が作り出した徳島平野で、支流が合流する場所にある平城跡です。阿波国の中心だっただけあり、過去の発掘調査ではかなり広範囲に縄張りがあったとか。今も堀跡など残してくれており、往時を偲ぶことができますよ。