古墳群に見守られた寺院。
宝幢寺の特徴
古墳群を今に見守る寺院で、歴史的な価値がある。
池谷界隈には豪族や偉い方々がいた場所で歴史を感じる。
本堂が火災で焼失してしまったが、歴史的建物の再建が期待される。
火事で本堂を焼失してしまったそうです。20260814 初見。
2023年10月21日に火災により本堂が焼失してしまったようです。
古墳群を今に見守る寺院。裏の古墳群に葬られる豪族達の菩提寺として開かれたとのこと。とても綺麗な清々しいお寺です。
こちらのお寺の奥にも古墳がありますが、やはり池谷界隈は大昔から、豪族やらなにやら、かなり偉い方々がいたようで、交通の要所にもなってたのでしょうかね⁉️
| 名前 |
宝幢寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
088-689-0236 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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2023年に焼失されたそうです。再建されましたらまたお参りさせていただきます。由緒書きによるとかつて勝明寺という寺があり、この付近の豪族の菩提寺であった。7世紀に建てられ、行基作の地蔵菩薩と浄澄作の薬師如来を本尊としていたが、鎌倉初期に雷火により焼失し廃絶していた。それを寛永15年に再建したのがこの宝幢寺だそうです。国指定史跡 鳴門板野古墳群 宝幢寺(ほうどうじ)古墳 平成28年(2016)10月3日指定 鳴門板野古墳群とは 鳴門板野古墳群は、鳴門市から板野町にかけての阿讃山脈の麓に築かれた、弥生時代終末期から古墳時代前期(3世紀初頭~4世紀末)の古墳の総称です。弥生時代終末期には、石を積み上げた墳丘をもつ積石塚を造りますが、古墳時代前期になると土を盛り上げた古墳を造るようになります。また、亡くなった有力者を埋葬する竪穴式石室の構造や、銅鏡・鉄器などの副葬品、古墳の表面に並べられた埴輪の特徴は、当時の政治的な中心地であった畿内地域との強い関係があったことを示しています。こうした特徴を備える鳴門板野古墳群は、四国東部を代表する古墳群の一つであり、当時の社会を知ることができる重要な遺跡として評価されています。 宝幢寺古墳について 宝幢寺古墳は、標高33mの南北方向の尾根上に築かれた全長47m、後円部径28m・前方部長19mの前方後円墳です。墳丘は自然の岩盤を削り出して形を整えています。発掘調査によって、墳丘からは円筒埴輪が出土したほか、過去に勾玉・管玉が採集されています。また、後円部頂上には江戸時代の宝幢寺住職の墓が3基建てられていますが、これによって埋葬施設の一部は破壊されたと考えられ、埋め土から鉄剣の破片が見つかっています。 宝幢寺古墳は、埴輪の時期などから古墳時代前期後半(4世紀後半)の築造とみられ、谷をはさんで西側に隣接する天河別神社古墳群と同じく、吉野川下流域北岸から鳴門海峡一帯に勢力を伸ばした有力者の墓である考えられます。なお、前方部西側斜面では古墳築造後の古墳時代中期中頃の土器を埋納した穴が見つかっています。 鳴門市教育委員会。